【有田訪問記①】陶祖 李参平窯へ

毎年GWの時期に開催される有田陶器市に行ってきました。

有田陶器市は2016年から毎年行っていますが、過去の様子は主宰する『一期会』のブログで記録しています。

今回の陶器市、まずは李参平窯へ。

李参平(りさんぺい)とは、今から400年以上前の豊臣秀吉による朝鮮出兵の際に、日本にわたってきた韓国人陶工のひとりです。彼が有田で磁器の材料となるカオリンを発見し、磁器のうつわ作りを始めたことから、日本磁器の伝統が始まりました。

(石場神社の李参平像)
(こちらは、李参平窯の店内にあった李参平像。)

李参平が日本、しかも有田に来なければ、日本最古の磁器は有田で作られなかったかもしれないですし、日本磁器の誕生ももっと後になっていたかもしれません。

そんな陶祖の意志を受け継ぐのが、「李参平窯」です。

(写真左から加納、14代李参平さん)

現当主である14代李参平さんが目指すのは、初代が生きていた1610年代に作られていた「初期伊万里」と呼ばれる有田焼です。

材料となる陶石は、初代と同じように有田の泉山の陶石を使っています。


(泉山磁石場。)

(今回の陶器市で購入。容器の中にはいっているのは、泉山磁石場の陶石と、李参平窯の陶片。)

泉山の陶石は、鉄分を多く含み、粘性が低い土のために、近年は使う窯元がほとんどなくなっています。(現在の主流は天草産)

そんな中で李参平窯では2010年より研究を開始し、試行錯誤の上に2015年11月、ようやく泉山の土を使った泉山土「参平土(さんぺいど)」が完成し、うつわ作りが軌道にのったそうです。

また、焼成にもこだわりが。
現在でも祖先と同じ「登り窯」を使っているのだそうです。

(登り窯。九州陶磁文化館で撮影。)

登り窯は、山のゆるやかな斜面にレンガ造りの窯を建てて、薪で焼成する方法です。風や湿度などの自然の条件に左右されるため、作品として世に出せる数は多くないとのこと。

しかし、登り窯だからこそ生まれる美しい青には、自然美とどこかほっこりとした温かみを感じるこそができます。

今回購入した、参平土を使用し、登り窯で焼成されたお椀。

登り窯を使用すると、どうしても黒点などの不純物が入ってしまうそうですが、それにも電気窯やガス窯にはない、自然の味わいを感じます。

14代によると、初期伊万里を再現するには、ほかにも失われた技術が多くあるそうで、その技術を補填するために唐津焼や韓国陶芸家のろくろ技術を学び、修練を続けているそうです。

さまざまな新しい技術が生まれる中で、陶祖の流れを持つ李参平窯だからこその、先祖が愛した有田焼の伝統を守る情熱…。今後もいろいろな作品に触れてみたいと思えました。

ちなみに、李参平窯では、陶山神社や泉山磁石場、李参平の碑などの有田にある史跡を案内するツアーも行っているそうです。前日の18時まで予約を受け付けているとのこと。是非一度、私も体験してみたいです!

(有田訪問記、もう少し続きます。)

陶祖 李参平窯

<工房>
佐賀県西松浦郡有田町稗古場2?9?36

<ギャラリーショップ>
佐賀県西松浦郡有田町幸平2?1?3
OPEN (平日)13:00~17:00 /(土日祝日)11:00~17:00
*不定休。作陶期間などは長期店休もあり。
TEL/FAX 050-1099-9432

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この記事を書いた人

加納亜美子

加納亜美子

西洋磁器史研究家 / 料理研究家
「カリーニョ」代表。カリーニョを運営する三姉妹の末っ子。

幼少の頃から洋食器コレクターの父親の影響を受け、食器の持つバックストーリーに興味を持ち、文系塾講師、洋食器輸入会社で勤務後、2016年1月~会員制料理教室「一期会」、2019年1月~高級食器リングサービス「カリーニョ」の運営を始める。
曾祖母は赤絵付けの原料となるベンガラ作りに関わっていたルーツを持つ。