森瑤子『美女たちの神話』 シンプソン夫人とスージークーパー

目くるめく20世紀前半を彩った魔性の美女たち
好きでも嫌いでも知っておくべき人物15選

前回のコラムでは、スージークーパーの「ドレスデンスプレイ」についてお話しました。

そう、英国国王を辞任し、王室離脱したエドワード8世が妻シンプソン夫人に贈った心温まるようなパステル調の洋食器です。

今回はそのシンプソン夫人を、私が知るきっかけとなった思い出の文庫本を紹介しましょう。森瑤子さんの『美女たちの神話』です。

これはですね、20世紀前半に銀幕を、ファッション界を、舞台を、彩った往年の女優・歌手などの「魔性の美女」たちの半生(もしくは生涯)を鋭い視点で綴ったエッセイです。

ヴィヴィアンリー、オードリーヘップバーン、マリリンモンロー、グレイスケリー、マリアカラス、ココシャネル…など、好きでも嫌いでもなんでも、とにかく20世紀の文化を語るうえで必須の登場人物たちばかりです。

愛と自分の信念への情熱、旧来の価値観と20世紀の新しい価値観とのはざまで、もがきながら生き抜いた奔放な女性たち。誰一人として、マザーテレサのような聖女ではありませんが、教養の一つとして、ぜひこの辺の人物は知ってほしいですね。

情熱溢れる登場人物たちの波乱万丈な人生とは裏腹に、彼女たちを見つめる森さんの筆致は冷静で、知識ゼロの当時高校生の私でもすんなりと理解することが出来たのでした。(森瑤子自身は、彼女にシンパするかの如く、奔放な人生を歩みましたが)この、「知識ゼロでもわかりやすい、全く難しく感じない」というのは素晴らしい文章である、ということなのです。

その才能が特に光っているのが、今回とりあげたシンプソン夫人です。まるで何か短編小説でも読んでいるかのようなドラマティックな文章は、当時の私を魅了しました。

出典:guardian.com

前回のコラムでは、英国国民に非常に印象の悪いというエドワード8世とシンプソン夫人、というのをお話しました。おしゃれでちょっと遊んでいる系のイケメンエドワード8世にとって、媚を売らず物事をはっきり素直に言うウォリス(シンプソン夫人)は周りのとりまきには誰一人としていなかった人物で、故(ゆえ)に惹かれた、というのは私、わかる気もするんですけれどねー。

しかし、その代償はあまりに大きく、彼女は「ひとりで世界を敵に回したただ一人の女性」になってしまいました。誹謗中傷、脅迫の手紙は数知れず。今ならさしずめ、大炎上ケースですね。二人の結婚式には、英国王室からの参列者は誰一人いず、エリザベス現女王(エドワード8世にとっては姪ですね)の結婚式や戴冠式にも夫婦で参列できませんでした。

エドワード8世は、1936年12月11日午後10時1分、退位の際、ラジオのBBC放送で声明を発表しました。

But you must believe me when I tell you that I have found it impossible to carry the heavy burden of responsibility and to discharge my duties as King as I would wish to do without the help and support of the woman I love.「しかし、みなさんに信じていただくとして申し上げるなら、私は私の愛する女性の助言と支えなしには、国王としての重責をにない、その義務を遂行することが不可能になったのです。」 

結果的には、前回のコラムの通り、実直な弟王ジョージ6世が、コンプレックスだった吃音を克服し、自らのスピーチで英国国民を鼓舞し(このエピソードは、映画「英国王のスピーチ」に詳しいです)第二次世界大戦を勝利に導き、娘のエリザベス現女王が長期にわたって英国を支えているわけですから、歴史は必然ともいえるでしょう。

オシャレでダンディズムを生涯貫いたエドワード8世と、同じくとびきりオシャレで美的センス抜群のシンプソン夫人。この夫婦、どことなく日本の白洲次郎・白洲正子夫妻を彷彿とさせます。白洲夫妻も、オシャレで美的センスにおいては秀でていましたが、奔放でメチャぶりな性格で、当時日本国民をまとめあげる首相夫妻になるような器でなかったのですから、エドワード8世ことウィンザー公夫妻も、一介の人として生きる道で良かったのだろうと素人ながら思います。

ちなみに、白洲次郎は芦屋の実業家の次男坊で、エドワード8世よりも8歳年下の同年代の人物。しかも1919年~1928年に英国のケンブリッジ大学に留学しています。そこで英国の貴族社会で英国流儀を学んでいますから、当時皇太子であったエドワード8世と交友関係があったかどうかは私は知りませんが、少なくとも面識くらいはあったでしょう。同じ時代の英国の空気を吸っていたのです。

スージークーパーの食器は、もともとはアッパーミドルクラス(上位中流階級)のモーニングセットを考案したことからスタートしたと、故・大原照子さんはいいます。

アッパークラス(上流階級)のピラミッドの頂点に立っていたウィンザー公が、今までの王族のように伝統的な様式・格式高い絵柄の王室御用達の名窯でなく、アッパーミドルクラス用に作られた、新進気鋭の一人の英国女性アーティストの食器「ドレスデンスプレイ」を贈ったのです。オシャレな彼らしい、そして20世紀の新しい息吹を感じさせる、それでいて生涯英国国民である矜持(きょうじ)を忘れなかった、素晴らしいエピソードが盛り込まれた器です。

この記事を書いた人

玄馬絵美子

玄馬絵美子

薬剤師 / 「陶磁器de読書会」講師
カリーニョを運営する三姉妹の長女。薬局や病院で薬剤師として勤務し、現在子育て中のアラフォー主婦。株式会社アリベでは財務面を担当。カリーニョでは趣味で研究してきた東西の19世紀末~20世紀初頭の文化・様式・芸術の世界を紹介するコラム執筆、読書会を主宰する。
【これまでの実績】
全国のMR経験薬剤師が作る転職応援サイト『MRファーマシスト』にてマネーコラム連載。
新聞の文芸欄掲載多数。