ニッコーの工場視察に行ってきました

先日、日本有数の陶磁器メーカーであるニッコー株式会社様の本社工場を視察させていただきました。

工場見学の話の前に・・・「ニッコー」ブランドについて簡単に説明すると・・・

ニッコー株式会社の創業は、1908年。
創業当初は「日本硬質陶器株式会社」という社名で、その名が示す通り、石川県金沢市で硬質陶器の製造を専門としていました。現在は陶磁器だけでなく、電子セラミックやバスタブなども製造しています。

「日本硬質陶器」=「ニッコー」(ニッコー株式会社)という社名に変わったのは1983年のこと。現在は金沢市から本社工場が移転し、金沢の中心部である兼六園あたりから車で30分ほどの所にある、白山市松任(まつとう)に、工場とショールームがあります。

【関連ページ】
NIKKOの歴史(株式会社ニッコー※外部リンク)

私がニッコーについて強く興味を抱くようになったのは、「山水」というシリーズがきっかけです。

こちらが「山水」。(ニッコーオンラインサイトより)

1915年に誕生してからのロングセラー・シリーズで、1966年のビートルズ来日時には、武道館の楽屋でメンバー4人が「山水」のティーカップを使用していたことでも知られています。

そんな歴史ある「山水」ですが、ニッコーのサイト上での案内の通り、すでに廃盤が決定しており、「在庫および現在製造中の数量をもって販売終了」するそうです。

「山水」がモチーフとしている「柳模様(ウィローパターンともいいます)」は、一見すると東洋風のデザイン。しかし、このデザインが誕生したのは、いわゆる東洋趣味(シノワズリ)が流行していた1780年代のイギリスです。

日本でも江戸時代後期にこのデザインが持ち込まれ、明治時代には有田や美濃地方を中心に、かなりの食器メーカーで製造されていたようですが、国内で現在も柳模様を製造し続けているのは、ニッコーだけ、なのです。

そんな歴史ある「山水」が廃盤になるなんて……今知っておかなければ、もう現行では手に入らなくなる――。
そう思ってから、ますます「山水」やニッコーに関する興味・関心が深まり、その歴史を探りたい気持ちで資料を探していたところ、偶然 手にした本の中に、「山水」のルーツを探る記載を見つけました。

『柳模様の世界史―大英帝国と中国の幻影』(東田 雅博著,大修館書店,2008年)という書籍です。

この書籍は、著者であり「柳模様に憑りつかれて、ほぼ10年になる」という東田雅博氏が、主にヨーロッパにおける柳模様の歴史展開を解説した内容となっていますが、そんな東田氏が、柳模様に憑りつかれるきっかけとなったのは、「山水」との出会いだったとのこと。

たまたま東田氏が九州の義兄の家に遊びに行って、関門の最高の魚をご馳走になっていた時に、お魚がなくなるにつれて、使われていたお皿から柳模様の絵柄が浮かび上がってきた、というのです。

これが、日本製の柳模様との、なんとも劇的な出会いであった。
それは義兄が結婚のお祝いに贈られたディナーセットの一部であった。お皿の裏を見るとニッコーと読めた。
これはもう、柳模様を本格的に研究せずにはすまないだろうと考えたものである。
(4頁)

そうやってニッコーの「山水」が東田氏の研究魂に火をつけたのと同様に、私はというと、「山水」をきっかけに、ニッコーという陶磁器メーカー自体に、非常に強い興味をもったというわけなのです。

前置きが長くなりましたが……そうしている中で、ご縁があり、石川県白山市にあるニッコーの本社工場を見学できる貴重な機会をいただけたのでした。

工場の前は、田んぼと水路。
白山駅から徒歩10分ほどの場所にある工場近郊は、のどかな風景でした。

※以下、全て撮影・掲載の許可を得ています。


今回、工場内を案内してくださったのは、ニッコーの陶磁器事業部 小栗賢太事務部長付部長。
工場内の設備を非常にわかりやすく、かつ丁寧に解説してくださいました。

工場でまず最初に驚いたことが、こちらです。

上記は原料となる陶土を作るための機械と陶土。
実はニッコーでは、原料作りから始まる食器製造の全ての行程を、石川県白山市にあるこの工場内で行っているのです。

こちらはニッコーが世界に誇るボーンチャイナの原料のひとつ、骨灰。
ニッコーではボーンチャイナと硬質陶器を同じ工場内で作っていますが、それも国内では非常に珍しいことだそうです。

工場では、様々な工程を大型の機械で行っている姿を見ました。
機械で次々に食器が形成されていく姿は、圧巻の一言・・・。

しかし、それ以上に印象的だったのは、本当に多くの行程に、人の手が加わっているということ。

機械で成型しても、必ず人の手でのチェックや微調整が入りながら次の行程に進んでいく様子。特に検品の回数の多さには驚きました。数ミリ単位の誤差なども、人の手で丁寧にチェックされ、(写真はないですが)転写紙を貼るのも手作業。

集中して作業する職人さんひとりひとりの眼差しがとても印象的でした。


かつて使われていた、銅板印刷機!
この機械で「山水」が作られていました(現在は転写紙を使用して製造)。


工場内にあるショールームでは、ニッコーの歴代の食器シリーズとともに、歴史の紹介スペースも。

もちろん「山水」も置いてありました。

一緒に案内してくださった担当者の方が「特に思い入れのあるシリーズ」とご紹介してくださった「フラワーダンス」シリーズ。

改めて、食器は「見る」「使う」楽しみだけではなく、こうやって「作り手」や「売り手」の話を聞き、目に見えないストーリーを「知る」ことで、ますます愛着や興味が湧いてくるのだと感じました。

私自身は「山水」をきっかけにニッコーに興味を持ちましたが、この工場見学以来、もうすっかりニッコーの食器についてももっと知りたい!そして、使ってみたい!という欲に駆り立てられています。

貴重な機会をくださったニッコー株式会社の皆様、この度は本当に有難うございました。

この記事を書いた人

加納亜美子

西洋磁器史研究家 / 料理研究家
「カリーニョ」代表。カリーニョを運営する三姉妹の末っ子。

幼少の頃から洋食器コレクターの父親の影響を受け、食器の持つバックストーリーに興味を持ち、文系塾講師、洋食器輸入会社で勤務後、2016年1月~会員制料理教室「一期会」、2019年1月~高級食器リングサービス「カリーニョ」の運営を始める。
曾祖母は赤絵付けの原料となるベンガラ作りに関わっていたルーツを持つ。