奔放な女性遍歴をもつドビュッシー
ダブル不倫の末、二番目の妻を娶(めと)った
前回ドビュッシーの「花の都」パリが生んだ革新的な音楽についてお話ししてきました。
私の好きな曲である「ゴリウォーグのケークウォークGolliwogg’s Cake-Walk」や、2番目の妻に捧げた「喜びの島」について話しきれなかったので、今回取り上げます。
ドビュッシーはかなり女性関係には奔放で、二股や不倫などいろいろな女性遍歴があります。2番目の妻であるバルダック夫人も、ダブル不倫の末の略奪愛でした。(冒頭の女性がバルダック夫人です。1番目の妻は、この件でピストル自殺未遂します。)
当時まだバルダック氏との婚姻関係があったバルダック夫人に、ドビュッシーは手紙を書きます。あなたに対する愛情を抑えきれないので、1904年6月9日火曜日の午後、自宅に来るようにとのことです。その時の出来事で「私の心にこの節を刻ん」で生まれたのが、ピアノ名曲「喜びの島」です。
この「喜びの島」も、前回お話しした古典的手法の「メロディーを発展させる」方法を封印し、「メロディーは変えずに伴奏や和音を変えることで曲に色を付ける」という、今なら当たり前ですが、当時は画期的だった方法で作曲されています。
初めはトリルの鐘の音のような響きのプロローグから、寄せては返すような静かな波のような伴奏に変わり、クライマックスは同じメロディーが反復されますが、伴奏はファンファーレのような、まさに喜びがバクハツしたような歓喜の瞬間を表現しています。「音の画家」と呼ばれたドビュッシーらしい、何とも抒情的で、物語性があり、そして官能的な作品です。
表情豊かな子供の世界
ドビュッシーの親バカっぷりが全開の「子供の領分」
さて、そんな熱烈なダブル不倫の末、できちゃった婚で生まれたのが、一人娘のクロード・エンマ(通称シュシュ(キャベツちゃん))です。ドビュッシー43歳の時の時の子供ですから、当時からいうと孫のような感覚です。そんなわけで、孫を猫かわいがりするおじいちゃんのように、ドビュッシーはシュシュを溺愛します。演奏旅行で家を空けることが多かったドビュッシーはシュシュに手紙を書きます。
「お前に会えることしか考えられないんだ。
それまでの間、お前に千回もキスする。
仲良しのパパの気持ちを考えておくれ」
って、本当にかわいかったのでしょうね。

当時流行したアールヌーボーの窓枠がとてもオシャレです。
その愛娘3歳の時に捧げたのが、ピアノ組曲「子供の領分(りょうぶん)」です。子供の領分とは、大人の誰もがもってる、子どもらしい領域のことをいっているのですね。その組曲の最後を飾るのが、先述の「ゴリウォーグのケークウォーク」です。
ゴリウォークとは、イギリスの挿絵画家フローレンス・ケイト・アプトンが1895年に「2つのオランダ人形とゴリウォーグの冒険(The Adventures of two Dutch dolls and a Golliwogg)」で発表した黒人のキャラクターです。これが人気を呼び、20世紀前半はぬいぐるみとして大人気になりました。(ちびくろサンボ同様、20世紀後半になると人権問題で発売停止となります)


また、ケークウォークというのは、当時欧米を中心に非常に流行った黒人ダンスホールで踊られたダンスショーのことで、ジャズの起源ともいわれています。パリでも人気を博し、画家の藤田嗣治やピカソなどもこのケークウォークを見て大いにインスピレーションを受けたといわれています。有名な曲でいえば「わらの中の七面鳥」も代表的なレパートリーで、「ゴリウォーグのケークウォーク」ではこの飛び跳ねるようなアメリカ音楽特有のリズムの影響を受けた曲です。

曲想も非常に軽快でユーモアにあふれ、他のドビュッシーの音楽とは一線を画しています。
シュシュが好きだったゴリウォーク人形が面白おかしく飛び跳ねているイメージですね。(当時、差別意識はなかったでしょうが、今からするとちょっと侮蔑的な色合いが入っているといえなくもありませんが…)それを大人目線で描いたメロディーです。
パロディーを含んだ斬新で小気味の良い曲
この曲で面白いのが、途中で唐突にワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲の冒頭フレーズが引用されているところです。しかも楽譜にはご丁寧に「avec une grande emotion」(英語のグランド・エモーション、大いなる感動をもって)と書かれている。そしてその後に「キャッキャッキャ」という子供のせせら笑いのようなメロディー。
そうです、あきらかにワーグナーをパロディーして、ちゃかしているのです。
これはですね、ドビュッシーは以前、熱烈なワグネリアン(注:ワーグナーの熱狂的マニアの総称。ワーグナーの音楽は、ヒトラーやルードヴィッヒ二世、三島由紀夫がハマるなど中毒性の強い魔性の音楽として有名)だったのですが、自分の音楽が確立してからはアンチワグネリアンとして反旗を翻します。それがこの曲にも表れているのですね。ワーグナーの音楽なんて、偉そうにしているけれど、子どもから見れば噴飯(ふんぱん)ものだぜ、と言わんばかりのフレーズです。
この曲が永遠に無垢な理由
さて、そんなドビュッシーに大事に大事にされたシュシュですが、ドビュッシーが56歳で病死した次の年に、なんとジフテリア髄膜炎にかかって14歳の短い命を閉じてしまいます。
唯一の救いは、ドビュッシーがその若き愛娘の死に目に遭わなかったということでしょうか…。

思春期の娘が父親とツーショット写真を撮るなど、二人の親密ぶりが分かります
この悲劇をおもいながら「ゴリウォークのケークウォーク」を聞くと、滑稽なシンコペーション(リズム変化の用語)のリズムに潜む世界観に、一種の悲哀さえ感じるのです。
そう、シュシュとドビュッシーがこのケークウォークの世界の永遠の住人になっているかのような…そんな感じがして、無垢な気持ちとユーモアに溢れ、それでいてどこか物悲しいこの曲は、いつまでも私の心の中で響いているのです。
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