【第5回】陶磁器材料の輸送料が85%も軽減した運河とは?ウェッジウッドの創業者の社会貢献①

今回も、ウェッジウッドの創業者であるジョサイア・ウェッジウッドの話です。

(ウェッジウッド創業者:ジョサイア・ウェッジウッド ※出典:wikipedia

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アミーゴ先生

ジョサイア・ウェッジウッドに関するコラムも、あと少しで完結です。
後編はジョサイアが行った社会貢献に関してご紹介します。

窯業(ようぎょう)で成功を収めてからも、ジョサイアは研究事業や慈善活動など、必要だと思うことには、惜しむことなく積極的に財を投入していきました。

アミーゴ先生

数々の社会貢献のうち、今回は2回にわけてトレント・マージー運河と奴隷解放運動に関するお話をご紹介していきます。
まずは、トレント・マージー運河のお話からスタートです。

運河を作り、産業発展に貢献

今までのコラムでも度々紹介してきたように、ジョサイア・ウェッジウッドが生きた18世紀後半はイギリス産業革命真っただ中。この革命は、手工業から機械を使った大量生産・大量輸送の時代を出現させました。

そこで先見性のあるジョサイアは、工場で生産された製品を船でリバプールの港に運び、そこで貨物船に移してロンドンやヨーロッパの国々に運ぼうという政策に賛同するのです。

生涯の親友であるベントレーや、彼のホームドクターであるエラスムス・ダーウィンらもこの計画に加わり、結果的に1766年に運河計画は正式に国王の裁可を受けて着工することが決まりました。

こうした努力で、ストーク・オン・トレントの町から、丘や畑を切り崩してリバプールまでつながる運河が掘られ、完成したのが、「トレント&マージー運河Trent and Mersey Canal」です。
完成までに、実に約11年もの歳月をかけ、1777年に開通しました。

上記は現在の地図に落とし込んだものです。(赤線はおおよその運河の航路。)

アミーゴ先生

この動画は、トレント&マージー運河の歴史を5分間で紹介しています。当時の白黒映像などもあり、大変わかりやすいですよ!ぜひご覧ください。
(ジョサイア・ウェッジウッドの説明も出てきます。※全編英語。)

実際にこの運河は、流域に大変な利益をもたらしました。
石炭の価格は以前の半額となり、陶磁器材料の輸送料にいたっては、なんと85%も軽減。別名「グランド・トランク運河」と称されるほど、大きな役割を果たし、地域の発展に寄与したのでした。

運河がウェッジウッドの発展にもつながる

ちなみに、運河着工の1週間前から、ジョサイアはベントレーと共同で開設した「エトルリア工場」の土地買収に着手します。

アミーゴ先生

このエトルリア工場は運河完成の8年前、1769年にはすでに開業しており、この運河を使ってウェッジウッドの製品が各地に運ばれ、さらなる充展を遂げることになったのです。
やっぱりジョサイアの先見の明はすごいですね。

そんなエトルリア工場ですが、残念ながら、現在は残っていません。
また運河も、現在は輸送には使われておらず、今は街の風景に彩りを与え、天気の良い日には、運河で地元の人たちがカヤックやカヌーを楽しむ姿を目にすることができるそうです。

アミーゴ先生

こちらの動画は、トレント・マージー運河を実際に下ってみて、いったいどんな運河なのかが実体験できるとても分かりやすい映像です。
こちらの動画も、ぜひご覧ください。(※全編英語。約11分)

さて、いよいよ次回が最後です。
最後は、奴隷解放運動に関するお話です。

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この記事を書いた人

加納亜美子

西洋磁器史研究家 / 料理研究家
「カリーニョ」代表。カリーニョを運営する三姉妹の末っ子。

幼少の頃から洋食器コレクターの父親の影響を受け、食器の持つバックストーリーに興味を持ち、文系塾講師、洋食器輸入会社で勤務後、2016年1月~会員制料理教室「一期会」、2019年1月~高級食器リングサービス「カリーニョ」の運営を始める。
曾祖母は赤絵付けの原料となるベンガラ作りに関わっていたルーツを持つ。