『私の英国物語』― イギリス好きな方には必読書と言い切りたい一冊

昨日で【ハプスブルク家×陶磁器】をテーマとした陶磁器セミナーが終了しましたが、気持ちはもうすっかり次回の陶磁器セミナーのカリキュラム構想へ。

【イギリス×陶磁器】や【フランス×陶磁器】などの国別の世界史と陶磁器をリンクさせた内容だったり、あるいはカリーニョのコラムでも執筆中の【歴史上の人物×陶磁器】をセミナー化させてみるのも面白いかなあと…。

もし「こういう内容の陶磁器セミナーがあれば、参加してみたい」というご意見がありましたら、是非お問い合わせからリクエストしていただけると嬉しいです。笑

さて最近、わたしは年表を作る「年表サークル」を作ろうとしていて、昨日の陶磁器セミナーでも思わずメンバー募集を呼び掛けていました。          

特に陶磁器セミナーでは、今日のブログでも書いたように紅茶の先生、テーブルコーディネートの先生、美術商の方、料理家等、それぞれに専門性のある知識を持たれている方も多く参加してくださっていて、何かしらそういった方々と仕事の話ではなく、趣味や教養を身に着ける時間を過ごしてみたいという欲に駆り立てられたのです。

そうしてセミナーを終えて受講者の方々を見送ったあと、「明日は、あの本の あのページを、もう一度読みなおそう」と考えていました。その本というのが、今日ご紹介する『私の英国物語』(講談社,1996年)です。

実はこの本には、一般的な書籍に大抵あるはずのものが、2つありません。

2つの「ないもの」……まず1つ目は、”まえがき”と”あとがき”です。
この本がいったいどういった趣旨で書かれ、まとめ終えた後に製作した著者側がどういう気持ちを抱いたのか……その両方が、一切わからないのです。

ひとまずamazonで調べてみたところ、

内容紹介
イギリス陶磁器の名門ウェッジウッドの歴史
18世紀、ウェッジウッドの創設者ジョサイアの生涯と当時の英国の社会状況、時代背景を中心に紹介しながら、面白いエピソードを作家や学者が書き下ろす。

内容(「BOOK」データベースより)
もっとイギリスを知りたい。もっとイギリスを感じたい。知っているようで知らないイギリスと世界の名窯ウェッジウッドの歴史物語。作家・エッセイスト・元駐英大使12人のイギリス体験。英国人気質・食べもの・ティー・住宅事情etc.イギリス文化おもしろ雑学事典。

と書いてありました。

そう、『私の英国物語』というタイトルですが、もともと私がこの本を購入した目的は、ウェッジウッドについて調べるためで、この内容紹介を読んで購入に至ったのです。

この本は、引用した「内容紹介」にもあるように、ウェッジウッドの創業者であるジョサイア・ウェッジウッドの生まれた時代(18世紀~19世紀初頭)を、作家やエッセイリスト、元駐英大使などの12名が書き下ろしたエッセイを中心に、ときには知識人たちによる「おもしろ雑学」が挿入されつつ、最後は私が尊敬する故・前田正明先生の学術的な「ジョサイア・ウェッジウッド物語」でビシッと襟を正して読了できる……最高の構成です。

しかもおまけには、西洋史と日本史、ヨーロッパの陶芸史と、ウェッジウッドの生涯を網羅した年表まで付いているという……個人的には、「ウェッジウッドの歴史や18世紀~19世紀初頭のイギリスの文化を知りたい方にとっては、必読書です」と言い切りたいくらいにおススメしたい一冊です。

そして、もう一つの「ないもの」……それが、目次に大抵記されている(特に、こういう複数人が寄稿した書籍や図録、雑誌では必ずと言っていいほど書いてあるはずの)、作者の「肩書き」です。

前述にあるように、この本には まえがき がありません。そのため最初にページをめくると、いきなり目次が現れます。そしてその目次には、amazonの紹介文のとおり「作家・エッセイスト・元駐英大使12人」のコラムが記載されているのですが、それぞれの著者名に肩書きが付随していないため、彼らが一体どういう人物なのかが、目次だけでは全く分からないのです。

お恥ずかしいことですが、私がこのコラムで登場する12名のうち、名前を知っていたのは少数です。(あえてどなたかは書きませんが。)

しかし、肩書きを知らずに読めるのが、凄くよかった。
肩書きによる先入観を感じずに文章を読むと、自分自身がどういう話や文章を好きなのかを知れるうえ、「こんな素敵な文章を書いた人は、一体何者なんだ」という知りたい欲が駆り立てられていきます。その結果、最後のページにある著者紹介で、「やっぱりこういう職業の人だったのだ」と納得したり、「え、こんな職業だったの?」という意外性を楽しんだりできました。

しかし今日、私が昨日のセミナーを終えて「再読したい」と思っていた小池滋氏による寄稿文「バーミンガムの『ルナ―協会』」を読んでいる時に、この本に肩書きが書かれていなかったのには、意図的な要素が含まれているように思えたのです。

まず小池氏は、このコラムの冒頭で、ジョサイア・ウェッジウッドの生きた時代にイギリスで広まっていた「クラブ」について紹介しています。

18世紀イギリスでの「クラブ」は、現在でいう高級バーや大学生の部活動的なものではありません。
ここでいう「クラブ」のルーツは、18世紀に入って間もない頃にイギリスで大流行した「コーヒー・ハウス」です。

これも今のコーヒー屋とはニュアンスが違い、当時は高価でなかなか買うことのできなかった新聞や雑誌が置いてあったり、知り合いができると議論やカードゲームができたりすることから、社交場や遊び場のような存在となっていたものです。そのうちに、コーヒー・ハウスが「クラブ」となり、会員以外を締め出して、専用の社交場に変わっていったのですね。

こうしたクラブは自分の商売事業について語り合うための場ではないのだ。そんなことをしてはいけないのである。さまざまな専門・関心を持つ人が集まって、互いに他人との接触で自分の精神の地平線を拡大することこそが、最も重要な活動であった。
(58頁)

というのが、小池氏によるクラブの説明です。

小池氏はさらに、「18世紀イギリスの最高文化人の集い」と言い切るサミュエル・ジョンソンがきっかけで発足した「文芸クラブ」について、当時のクラブを現在の研究会と対比しながら解説しています。
(引用文内の()には、一部私の補足を加えています)

おそらく彼ら(文芸クラブ)の話題は、ある特定のテーマに狭く限定されず、古今東西の学問・芸術に広く及んでいたろう。研究領域の壁を取り払って視野を広め、知識を交換すること、すなわち、今日の言葉でいうところの「学際的交流」が行われていたに違いない。
 
その点では20世紀の学界や研究会よりも、はるかに上だったと言える。現在は確かに学問研究は深く精緻にはなっているが、個々の視野が狭くなり、井の中の蛙になって、バランスの取れた判断が難しくなりつつある。だからこそ、「学際」(インターディシプナリー)なんぞと偉そうに口走っているのだが、18世紀イギリスのクラブの会員たちは、わざわざそんな言葉を作り出さなくても、その精神は充分身につけていて、実行に移していたのである。
 
ある狭い枠のことだけ重箱の隅までほじくるように調べ上げ、その知識をひけらかして専門家と称し、門戸を閉じて他人を締め出し、派閥を作って自分の保身にうつつを抜かしている学者や実務家は、現在あちこちに掃いて捨てるほどにいるが、このような人たちがもし18世紀にいたら「クラバブル」(クラブで上手に交際できる人のこと)ではないといってクラブから門前払いになっただろう。
(55頁)

このような解説の後、話はコラムタイトルの『ルナ―協会』に関する話題に移動します。

ルナ―協会とは、ジョサイア・ウェッジウッドも参加していた1760年代に誕生した文化団体「ルナ―・ソサイエティ」のこと。直訳すると「満月協会」で、これは毎月の満月の晩に、会員相互の家に集まって、共通の話題について論じあったことから命名されました。(満月の晩が選ばれたのは、終わってから各自が家に帰る時に、満月だったら明るくて便利だったから、だそうな。)

この協会員の人たちは、自分たちのことを「ルナティック」(月の影響を受けた人)と呼んでいましたが、実はこの「ルナティック」には「狂人」という意味もあります。彼らはもちろんそれを承知の上で、いかにもイギリス風のユーモアを発揮してこの名前を自分たちにつけていたみたいですね。

そんな自らを狂人(ルナティック)と呼ぶルナ―協会には、どんなメンバーがいたのか。小池氏の言葉を借りると、「マルチ人間」の活躍の場が、ルナ―協会だったといいます。

そこには、カリーニョのコラムでも度々紹介してきた、起業家で実業家で発明家で…と様々な能力を発揮していた「マルチ人間」ジョサイア・ウェッジウッドはもちろんのこと、医者で博物学者で詩人で哲学者であった彼の友人エラズマス・ダーウィン、科学者で電気学や天文学を学んだ牧師のジョーゼフ・プリーストリーなど、とにかくマルチ人間が多数所属していました。
(ちなみに『種の起源』でおなじみのチャールズ・ダーウィンは、ジョサイアの娘とエラズマス・ダーウィンの息子が結婚して生まれた子供。なので、彼らにとってチャールズ・ダーウィンは、お孫さんです。お互いの子供が結婚するくらいに仲の良い二人だったのでしょうね。)

さて、私がこのコラム内で特に紹介したかったのは、以下の一節です。

イギリス中部スタフォードシャー県の一陶器製造業者の作品が、以後200年以上にもわたって世界の文化に大きな貢献をしたのと同じように、地方都市バーミンガムのクラブ「ルナ―協会」の人々は、互いに結びつき合い、狭い境界を乗り越えて、世界の学際的文化にさまざまな形で寄与した。
 
借りものではない、ほんものの「教養」というものの力強さ、生命の長さを実証してくれた。目先きだけの利益に迷って「役に立つ」学問とやらを豪語する自称専門家は、彼らをディレッタントとか酔狂人(ルナティック)とか嘲笑するかもしれないが、真の学問とはいつも多様で、自由で、開かれた知性の活動であることの生きた証拠が今日まで残っている。
(59頁)

この一節を見た後、再び先述の「文芸クラブ」で紹介した引用文を読み返すと、そこには明らかに小池氏の、現在の「専門家」を名乗る人たちへの強い警鐘を感じさせられます。

日本でも、当時のクラブのような集団……それは研究会だったり、協会だったり、さまざまな呼び名で、知識を交換しあうグループが存在していますが、そういった仲間で集う「学びの場」というのは、本来どういう場であるべきなのでしょうか。

人それぞれに、その答えはあると思いますが、私は、そこでは上下関係が強かったり、目先の利益の話や、知識をひけらかし、表面的なノウハウの話だけがいきかったりするような、そういう集団ではあってほしくない……理想論かもしれませんが、そういうものがない環境の中で、狭い境界を越えて、自由で開かれた意識の中で培われていった知識や能力、教養というのは、「生命が長い」ものなのだと信じたいです。

私が「年表サークル」を作りたい、と言っているのも、研究領域の壁を取り払って視野を広め、知識を交換できる、そんな環境を作ってみたい、そういう環境に自分自身が身を置いてみたい、そんな気持ちが強く出ている表れなのかもしれません。笑

なんだか小難しく書いてしまいましたが、言うまでもなく、私は自分のことを知識人だとは全く思っていませんのでw、何が言いたいかというと、「純粋に自分の専門分野を超えた知識の共有がしたい」と思っていただけるような方々と、集まる機会がもてたらなあと思っています。

………と、話がそれてきました(今日はちょっと熱の入った文章になっている自覚があります)。改めてこのコラムを読み終わったとき、そうか、だからこの書籍には肩書きがなかったんだ、と思ったのです。

この本のために書き下ろされた12のコラムは、その全てを読み終えたとき、決して肩書きによって専門性を特定することなく、まるでルナ―協会に集まっていた様々な才能を持つ「マルチ人間」がそうしていたように、持論を述べ、他の人の意見を聞き、(おそらくお互いに寄稿文を確認する場はなかったはずなのに)多様で知的な会話をしているかのような自由さと知性を感じることができました。だから、肩書きなんて書く必要がなかったのでは、と想像しています。

「ウェッジウッドの生きた時代」を様々な視点から知ることのできる内容で、この本を通して、なんだか私もルナー協会を疑似体験させてもらえましたが、そう考えると、まえがき や あとがき がない理由も、どこか意図的に思えてきましたわ…。

……と、本当はここで終わらせようとしていたのですが、もう少しだけ。。。

この本は「イギリスと世界の名窯ウェッジウッドの歴史物語」がテーマにも拘わらず、最初のコラムの話題は、ロシアのエカテリーナ二世の話なのですよ。

確かにジョサイアは、彼女にフロッグサービスという食器を献上していますし(冒頭の写真に写っている食器)、イギリスのゴシック建築の伝統やイギリス式庭園・公園芸術に大きな関心を寄せていたのは知っています。しかし、このコラム内でイギリス(ウェッジウッド)に触れているのはごくわずかなのです。恋人に向けたラブレターの一文から始まるコラムは、エカテリーナ二世の生涯を恋愛軸で解説したものとなっています。

今まで読むたびに「ウェッジウッドがテーマの書籍なのに……なかなか攻めた構成の本だなぁ」と思っていたのですが、今日改めて再読したら、なぜこのコラムが最初にあるのか、その理由に対して自分なりの解釈が見い出せました。

あまりに長くなるので、今日はもう割愛しますが、本当に既読本の再読は、新しい発見があって面白いなあ。明日は読書会@関西ですが、うーん。『ウェッジウッド物語』でもいつか読書会がやりたくなりました。笑

【アミーゴの読書感想文】
13冊目:『私の英国物語』(講談社,1996年)
ちなみに寄稿者は、有吉玉青氏・加藤恭子氏・倉持公一氏・小池滋氏・土屋守氏・出口保夫氏・西村玲子氏・平原毅氏・前田正明氏・マークス寿子氏・松山猛氏・山崎洋子氏の12名。

この記事を書いた人

加納亜美子

加納亜美子

西洋磁器史研究家 / 料理研究家
「カリーニョ」代表。カリーニョを運営する三姉妹の末っ子。

幼少の頃から洋食器コレクターの父親の影響を受け、食器の持つバックストーリーに興味を持ち、文系塾講師、洋食器輸入会社で勤務後、2016年1月~会員制料理教室「一期会」、2019年1月~高級食器リングサービス「カリーニョ」の運営を始める。
曾祖母は赤絵付けの原料となるベンガラ作りに関わっていたルーツを持つ。