北欧ブランド「アラビア」の歴史

こんにちは。カリーニョの加納です。前回、北欧ブランド「イッタラ」の歴史をご紹介しました。

今回は、イッタラと同じグループ会社の「アラビア」社についてご紹介していきます。創業当初から一貫して「毎日使う食器だからこそ、美しさはもちろん、手ごろで実用的でなければいけない」というスタンスを貫くアラビアの、魅惑的な歴史を一緒に紐解いていきましょう!

ロールストランドの子会社として1873年に創業

アラビアは、スウェーデンの陶磁器メーカー「ロールストランド」の子会社として、1873年にフィンランドの首都ヘルシンキの郊外にあるアラビア地区(アラビア通り)で創業しました。

(画像出典:https://arabia.fi/)

フィンランドは12~19世紀にわたって、スウェーデンに帰属していましたが、アラビアが創業した当時は、ロシアの統制下にありました。そんな中でスウェーデンにある「ロールストランド」は、フィンランドを足掛かりに、ロシア市場への進出を考えていたようです。

ちなみにロールストランは1826年創業のブランドで、現在でも毎年ストックホルムで行われるノーベル賞晩餐会で食器が使用されていることでも有名です。イッタラやアラビアは少しクリーム色がかった白色の陶磁器に対し、ロールストランドは純白で、気品に満ちています。
(画像出典:le noble)

アラビア設立当初は、シンプルな白磁を製造したり、ロールストランドから来た絵付師が絵付けをするなど、文字通りロールストランドの子会社として活動していました。しかし、名門フォルセレス家の紋章入りディナーセットの受注や、限定生産のカタログ販売を行うなど、徐々に頭角を現していきます。そして数年後には、フィンランドにおける陶磁器生産数の約半数をアラビアが占めるまでに成長し、20世紀には北欧最大の規模を誇る陶磁器メーカーとなりました。

アラビア設立当初に作られていたデザイン
(画像出典:https://arabia.fi/)
アラビア設立当初に作られていたデザイン
(画像出典:https://arabia.fi/)
アラビア設立当初に作られていたデザイン
(画像出典:https://arabia.fi/)

その後ヨーロッパ全体で、それぞれの民族のアイデンティティとしてのアートが見直され始めます。アラビアもその影響を受けて、独自の表現を追求し始めていきます。

1916年には、アラビアはロールストランドから独立し、フィンランドを代表する一陶磁器メーカーとして歩み始めます。1920年から31年にかけては著名なアートディレクター、トーレ・オーベルグが経営指揮をとるなど、デザイン重視の社風の基礎が築かれていきました。ちなみにこの頃のデザイン部門には、のちに「パラティッシ」を生み出すビルゲル・カイピアイネンや、女性デザイナーのトイニ・ムオナなど、北欧を代表する陶芸家やデザイナーが集結しています。

カイピアイネンの代表作「パラティッシ」の詳細は後述。
(画像出典:https://arabia.fi/)

しかし、アラビアの画期的な発展の最大のきっかけとなったのは、なんといっても「フィンランドデザインの良心」とも称される偉大なデザイナー、カイ・フランクの入社です。彼は、1945年にアラビアのデザイナー部門に入社し、ここからアラビア黄金時代が始まります。

カイ・フランク(1911-1989)
(画像出典:https://www.iittala.jp/)

1945年といえば、第二次世界大戦の終戦直後です。カイ・フランクは翌年の1946年にアートディレクターに就任し、一番最初に模索したのが、敗戦国となったフィンランドで、戦傷の癒されない庶民の食卓をいかに豊かにするかということでした。

その思いが結実したのが、1953年に発売した「キルタ」シリーズでした。過剰な装飾を一切なくし、機能を重視したシンプルなデザインを追求し、さらに安価で長く使え、狭いスペースでも積み重ねて収納できるもの―…高い機能性と実用性を兼ね備えた「キルタ」は発売と同時に爆発的な人気を呼び、伝説的なロングセラーとなりました。

「キルタ」は、現在イッタラで販売されている「ティーマ」の原型。ティーマに関してはコチラ
(画像出典:https://www.lot-art.com/)

ちなみに、1950年代は同じフィンランドのブランドであるイッタラも同様に黄金期を迎えていました。当時のフィンランドでは、分野が異なる会社同士も刺激を与えあい、高め合うような風潮がありました。こういったお互いに良い刺激を受け合うこともまた、同じタイミングでの黄金期が生れるきっかけとなったのかもしれません。

そうしてアラビアは1984年には、創業当初は親会社だったロールストランドと立場が逆転!ロールストランドを傘下に収めるほどに成長しました。

ちなみにトーベ・ヤンソンが生み出した童話「ムーミン」とコラボレーションしたシリーズも、1985年代から制作されるようになりました。

その後1990年に、イッタラとともにハックマングループに買収されます。ハックマングループは後にイッタラと名前を改称し、そして2007年にはフィスカースグループの傘下となります。つまり、現在はアラビアの商標をフィスカースグループが所有していて、会社としてのアラビアは存在していません。

現在はフィンランド国内で製造されていない

アラビアは2000年に入ると、世界情勢の悪化や、アジア製の安い陶磁器製品の増加によるグローバル化の波を受けます。最終的に2016年にはフィンランドの工場を閉鎖し、すべての製造を海外に移すことになりました。

現在の製品は、主にタイやルーマニアなどで生産されています。ちなみに製品の製造国に関する情報は、製品のパッケージやEANラベルに記載されています。

アラビアのロゴの変遷。2014年以降から使用されているロゴには「FINLAND」の表記がなくなっています。
(画像出典:https://arabia.fi/)

アラビアの代表シリーズの紹介

※随時更新中

パラティッシ

パラティッシ・シリーズ
(画像出典:https://arabia.fi/)

パラティッシはヘルシンキ美術大学で陶芸を学んだビルゲル・カイピアイネン(1911-1989)によって、1969年にデザインされました。

ビルゲル・カイピアイネン (1915-88) 
(画像出典:https://arabia.fi/)

成績優秀だったカイピアイネンは、なんと17歳でヘルシンキ工芸大学に入学。舞台芸術を専攻しますが、最終的には陶芸の道を選びます。そして卒業と同時に、その若き才能を見込まれ、アラビアのアート部門に招待され、アーティストとしての制作活動をはじめます。

そんな順風満帆に見えた彼に、不幸が起きます。彼は入社翌年にポリオを患い、右足が不自由になってしまったのです。そのため当時主流だった足踏みのろくろが使えず、型作りをあきらめなければなりませんでした。

しかし彼は「ろくろが使えないならば」と、筆を片手に装飾に精を入れるようになり、独自の世界観を表現し始めました。自分自身の不幸を不幸で終わらせず、発想を転換させて成功していく軌跡は、なんだかウェッジウッドの創業者であるジョサイア・ウェッジウッドにも通ずるものを感じますね。

ジョサイアは天然痘で右足が不自由になり、そこからマネジメントや研究者としての道を歩み始めます

そんなカイピアイネンにとって、1969年に誕生した「楽園」を意味する「パラティッシ」シリーズは、彼の名をデザイナーとして世に広めた出世作といえます。

パラティッシは、カイピアイネンが陶器の形もデザインした希少な作品。フィンランドではクリスマスなど、とっておきの場面で大切に使われているそうです。

「パラティッシ」オーバル36cm。
カイピアイネンはオーバル型のプレートに好んで絵付けをしていたそうです。そのため、パラティッシの初期版もお馴染みのオーバル型が使われました。
(画像出典:https://arabia.fi/)

1974年にはオイルショックの影響を受けて生産終了となりますが、1988年から再び生産が始まり、現在まで人気を誇っています。

「パラティッシ・パープル」ティーカップ&ソーサー
(画像出典:Le noble)

カップ&ソーサーは、どの角度からみても美しい絵柄が途切れないデザインになっています。また、カップ同様に総柄となっているソーサーは、フチのないフラットな作りになっているため、パン皿やデザート皿としても使え、カップとソーサー(プレート)別々に使うこともできます。

24hアベック

アラビア 24h Avec アベックプレート20cm
(画像出典:Le noble)

フィンランドのヘルシンキを舞台にした2006年公開の映画「かもめ食堂」で使用され、一気に人気に火が付いた「24h Abec(アベック)」。

デザインを手がけたのは、才能あふれる女性デザイナー、カティ・トゥオミネン=ニーットゥラ(Kati Tuominen-Niittyla/1947-)彼女は、アベックの他にも、アラビアの人気シリーズ「Koko(ココ)」も手掛けています。

カティ・トゥオミネン=ニーットゥラ(1947-)
(画像出典:https://arabia.fi/)

カティはアラビア入社に1980年に入社して以来、シンプルかつ時代を超えて愛されるデザインを数々生み出しています。特に日本の陶芸にも造詣が深いことで知られていて、アベックも含め、彼女の作品にはどこか和の趣を感じさせるようなものも数多くあります。

アベックは畳の目のような模様が繊細なタッチで描かれていて、和洋問わず幅広いお料理に使えるデザインです。

参考文献・WEBサイト

・南大路豊監修『わかりやすい西洋焼きもののみかた』実業之日本社,1997年
・『美しい洋食器の世界』講談社,1985年
・『ヨーロッパ名鑑図鑑』講談社,1988年
・島塚絵里執筆『北欧フィンランド 巨匠たちのデザイン』株式会社パイインターナショナル,2015年

https://arabia.fi/
https://www.iittala.jp/


この記事を書いた人

加納亜美子

西洋磁器史研究家 / 料理研究家
「カリーニョ」代表。カリーニョを運営する三姉妹の末っ子。

幼少の頃から洋食器コレクターの父親の影響を受け、食器の持つバックストーリーに興味を持ち、文系塾講師、洋食器輸入会社で勤務後、2016年1月~会員制料理教室「一期会」、2019年1月~高級食器リングサービス「カリーニョ」の運営を始める。
曾祖母は赤絵付けの原料となるベンガラ作りに関わっていたルーツを持つ。