マイセン創業者とフェルメール展、デルフト陶器

こんにちは。カリーニョ代表の加納です。

今年はかなりスローペースで読書感想文を書いています。前回まではノリタケ創業者とウェッジウッド創業者の共通点についてのコラムを投稿していました。

今回は新しい話題です。

先週の土曜日に行ってきた、大阪で開催中の「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」がとても良かったので、この展覧会の感想と、事前に読んでおいてよかった書籍の紹介です。

それが、『描かれた器: 絵画と文学のヨーロッパ陶磁』(大平 雅巳著,平凡社,2021年)です

過去に訪れた「ドレスデン国立古典絵画館」

実は今回の絵画展の所蔵元である「ドレスデン国立古典絵画館」は、2017年に訪れたことのある美術館でした。

というのも、この美術館があるのは、ツヴィンガー宮殿の一角。ツヴィンガー宮殿といえば……そう、西洋初の磁器窯を創設したアウグスト強王が建設した宮殿です!

ツヴィンガー宮殿の外観。
左の建物から順番に、ドレスデン国立古典絵画館、陶磁器美術館、数学物理博物館。
画像出典:https://4travel.jp/os_shisetsu_tips/14132089
陶磁器美術館では、陶磁史でおなじみのアウグスト強王の東洋磁器コレクションを鑑賞できます。
(加納撮影)
マイセンの歴史では欠かすことのできない創業者アウグスト強王(1670~1733)。
彼は通称のとおり”いろんな意味で”強い王でしたが、ザクセンの州都ドレスデンを芸術的なバロック様式の建築物で統一するなど、超芸術系の側面もありました。

ドレスデン国立古典絵画館は、彼と彼の息子の2代にわたって蒐集されたコレクションが中心です。

ですので、今回のフェルメール展は、洋食器好きにとっては「アウグスト強王の好みを垣間見れる展覧会」でもあるのです!

こちらは、私が2017年に訪問した時の絵画館入口。日本では「ドレスデン国立古典絵画館」と呼ばれているこの美術館ですが、現地では「アルテ・マイスター美術館(Gemaldegalerie Alte Meister)」と呼ばれています。
ちょうど看板の隣には、修復前の《窓辺で手紙を読む女》のポスターが!

「アウグスト強王のマーク」が額縁に!

ところで、マイセンのロゴマークといえば、画像右上の2本の剣が交差した通称「双剣マーク」。しかし、創業期の1720年頃は画像左下のようなマークが使われていました。

このマークは、アウグスト強王のイニシャルである「AR」(ラテン語の「アウグスト・レクス」)……、つまり「アウグスト王」を表しています。

このマイセン創業期にも使われていたアウグスト強王「AR」のマークが、今回のフェルメール展の出展作品のいくつかの額縁に施されていたのです!

個人的には、こういったマニアックな?興奮ポイントを楽しめただけでなく、当時「白い金」と称され珍重されていた東洋磁器が描かれた静物画を見られたり、一方で当時の市民が使っていた素朴な陶器の使われ方を垣間見れたり、、、とても充実した鑑賞タイムを過ごすことができました。

そして、この「東洋磁器が描かれた静物画」や「当時の市民が使っていた素朴な陶器」のことを知るための予備知識として、今回ご紹介する書籍『描かれた器』が非常に参考になったのです。

とても前置きが長くなりましたが、ここからが書籍のお話(読書感想文?)です。

陶器の知識があると、より楽しめる!

『描かれた器』の章立ては以下の通り。

1.ブリューゲルの器
2.モンテーニュの器
3.魔法の器
4.フェルメールの器
5.猫の器
6.伊達男の器
7.ホガースの器
8.だまし絵の器
9.マイセンの3人の王女たちの器
10.マリー・アントワネットの器
11.カサノヴァの器
12.鴎外の器

このうち、カリーニョで主に紹介している18世紀以降につくられた西洋磁器の紹介は、9~12章で、1~8章は陶器や炻器の話が中心です。個人的には、ある程度西洋の「陶器」の知識がある上で読むと、よりワクワクや興奮が味わえるかなと思いました。(同著者の『すぐわかる ヨーロッパ陶磁の見かた』が非常にわかりやすくとてもおすすめです!)

フェルメールの絵画を通して17世紀オランダの陶磁器がみえてくる

今回のブログタイトルである「マイセン創業者とフェルメール展、デルフト陶器」ですが、先述のとおり、マイセン創業者であるアウグスト強王は1670~1733年生まれ。フェルメールの生没年は、1632~1675 年。そして「フェルメール展」は「17世紀オランダ絵画」を主題にしています。

この17世紀オランダ絵画に描かれている陶磁器のことを知るには、本書の第4章「フェルメールの器」がとてもおすすめです。

ちなみに、フェルメールの故郷オランダ・デルフトのやきものに関する講座レポはコチラ

フェルメールの現存する絵は、わずか35点ほどですが、それらのなかに度々、陶磁器が描かれています。

たとえば今回のフェルメール展の一番の目玉作品で、展覧会のタイトルにも使われている、フェルメール作《窓辺で手紙を読む女》の手前左には、ブル―ホワイト(青花)の大皿が描かれています。

皿からこぼれんばかりの果物は「豊穣」を意味していて、同時代のオランダ画家たちも同様のモチーフを度々描いていました。

この絵からは皿の模様の細部は判別しがたいですが、口縁部の薄いつくりから、これは中国磁器ではないか――、なぜなら、デルフト陶器だと口縁部がこのように薄いものはあまりつくることができず、またしばしば縁の釉薬が欠けたりしているからだと、著者の大平氏は述べています。

フェルメール展で鑑賞できるヨセフ・デ・ブライ作《ニシンを称える静物》(1656年)
この作品にも、縁が薄い中国磁器が描かれています。実際に作品を鑑賞すると、こちらは芙容手(縁を窓絵で区切るデザイン)だとしっかり判別できました。

また、今回のフェルメール展の作品ではありませんが、フェルメール作《眠る女》(1657)にも、陶磁器が描かれています。

フェルメール作《眠る女》(1657年)

こちらには、真っ白なデルフト陶器(ホワイト・デルフト)のジャグと、その奥に果物の盛られた大きな鉢があり、よくみると青色の縁取りや区画線から芙容手が描かれていることがわかります。

大平氏によると、この絵画にも描かれているホワイト・デルフトは、フェルメールの現存する35点のうち4作品に登場する、かなりの高頻出アイテムとのこと。

また、東洋の高価な磁器にくらべ、ホワイト・デルフトは、当時の人々にとっては高級感のないやきものだったはず。

それをあえてフェルメールは描いていて、しかもこの《眠る女》にいたっては、東洋磁器よりも目立つようにホワイト・デルフトが描かれています。これは、とても意図的なものを感じますよね・・・。

さらに、よーく見てみると、東洋磁器の奥には、ぼんやりとワイングラスが描かれています。

ワイングラス、わかりますか?

実は、ホワイト・デルフトが描かれているフェルメール4作品のうち、3作品にワイングラスが登場し、3作品が男女の場面が描かれているのです。

フェルメール作《紳士とワインを飲む女》(1658-1660年頃)。
紳士の手元にホワイト・デルフトのジャグ。
フェルメール作《音楽の稽古》(1662-1665年)
画面右にホワイト・デルフトのジャグ。
フェルメール作《二人の紳士と笑う女》(1660-1661年)。
左奥のテーブルにホワイト・デルフトのジャグ。

大平氏は、女性の衣装にも着目し、

”いずれも赤系統の華やかな色調で、それがジャグの白さと不思議な対比を感じさせる。ジャグが染付もしくは多彩色であったら、かえって周囲の色にまぎれ、埋没してしまうことだろう。デルフト陶器の町に生きたフェルメールは、あえてこのシンプルな白いジャグを選び、描いている。

白という色は、当時にあっても純粋もしくは無垢の象徴であった。そしてワインは放縦と快楽の暗喩でもある。”(110頁より引用)

と述べています。

大平氏の最後の一文はあえてネタバレ?になるので、ここに載せずにいますが、確かに今回のフェルメール展でも、「ホワイト・デルフトとワイングラス、男女の場面」が描かれた絵画を見ることができて、なるほど、そういう意味が含まれているのか―、ととても腑に落ちました。

フェルメール展で鑑賞した、ヤーコプ・オフテルフェルト作《雅なる紳士》(1669年)。
男女の場面、テーブルの上にホワイト・デルフトのジャグ、赤系統の華やかな色調のドレスをきた女性と手元のワイン……と、フェルメールの作品と類似する点が多々。

アウグスト強王の孫娘やドレスデンの話も楽しめる

ちなみに『描かれた器』の第9章「マイセンの3人の王女たちの器」では、アウグスト強王の3人の孫娘の物語を楽しむことができます。(私はこの章の冒頭で、著者の大平さんが、知人の主催する講座で「(大平)先生のお宅では、マイセンやセーヴルなんかお使いなんでしょう?」と聞かれたときに「とんでもございません。うちでは、電子レンジでチンできて、食洗機でウォッシュウォッシュと洗え、うっかり割っても懐と心の痛まないものばかりです」と答えられている、というエピソードにとても共鳴しました。笑)

また、最後の第12章「鴎外の器」では、1885年(明治18年)に約5か月ドレスデンに滞在していた森鴎外の『文づかひ』を通して、ツヴィンガー宮殿の一角にあるアウグスト強王の「磁器の間」を紹介しています。

西洋陶磁器の文化や歴史に興味を持つと、文学や展覧会に行く楽しみが増える――。

今回のフェルメール展が、マイセン創業者のアウグスト強王に関わるドレスデン国立古典絵画館の所蔵作品だったからこそ、『描かれた器』も何倍・何十倍にも強い関心をもって読み進めることができました。

フェルメール展の大阪会期は9月25日まで。
まだご覧になっていない方は(もちろんフェルメールの作品を見に行くだけでも十分楽しめますが)、アウグスト強王のエピソードも知ってから行ってみると、色々な新しい発見があると思います。

私もちょうど近鉄文化サロン阿倍野の会場が美術館に近いので、会期中に間に合えば、またアウグスト強王のコレクションを眺めに行こうかなと思いました。

2022年アミーゴの読書感想文
1冊目:『森村市左衛門の無欲の生涯』(砂川幸雄著,1998年)
2冊目:『ウェッジウッド物語』(日経BP社,2000年)
3冊目:『岩波講座 世界歴史22 産業と革新―資本主義の発展と変容』内の「模倣と着想 ―J・ウェッジウッド、森村市左衛門、もう一つの産業化」(87-107頁,鈴木良隆著,岩波書店,1998年)
4冊目:『現代語訳 西国立志編 スマイルズの自助論』(S・スマイルズ著,中村正直訳,金谷俊一郎現代語訳,PHP研究書,1996年)

※1冊目~4冊目 前編「まえがき」 後編「本題」
5冊目:『描かれた器: 絵画と文学のヨーロッパ陶磁』(大平 雅巳著,平凡社,2021年)

この記事を書いた人

加納亜美子

西洋磁器史研究家 / 料理研究家
「カリーニョ」代表。カリーニョを運営する三姉妹の末っ子。

幼少の頃から洋食器コレクターの父親の影響を受け、食器の持つバックストーリーに興味を持ち、文系塾講師、洋食器輸入会社で勤務後、2016年1月~会員制料理教室「一期会」、2019年1月~高級食器リングサービス「カリーニョ」の運営を始める。
曾祖母は赤絵付けの原料となるベンガラ作りに関わっていたルーツを持つ。