「カリオストロの城」のモデルとなった国!リヒテンシュタインの魅力とは?

東京、広島など6か所を巡回してきた「ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」が、来月2020年1月30日から大阪・あべのハルカス美術館でその会期を迎えます。

図録には大阪での開催が記載されていませんでした。これは何かしら今の社会状況の影響があるのかしら、と想像……

私は、去年開催されていた東京・渋谷BUNKAMURAザ・ミュージアムで見てきましたが、もうそれはそれは……素晴らしい展覧会だったことを今も鮮明に覚えています。

あべのハルカス美術館は、現在外部講師を行っている近鉄文化サロン阿倍野の目と鼻の先。ですので、受講者の方々にも、リヒテンシュタイン展は是非行ってください!ということを、毎回の講座でしつこく熱弁しています。それくらいにオススメの展覧会なのです。

過去、カリーニョでもリヒテンシュタイン展に関してはコラムで取り上げました。

私自身もいまいちど「リヒテンシュタインとはどんな国、どんな一族なのか?」「リヒテンシュタイン展のカリーニョ(加納)的おすすめポイントは何か」ということをまとめておきたくて、コラムとしてご紹介することにしました。

リヒテンシュタインの由来

リヒテンシュタイン家で最初に名が知られるのは、ウィーンに隣接するニーダーエスターライヒ州マリア・エンツァースドルフのリヒテンシュタイン城を築城したフーゴ1世(出生年不明 – 1143)です。

フーゴ1世が築城に関わったリヒテンシュタイン城(画像出典:wikipedia

「リヒテンシュタイン展」の図録によると、リヒテンシュタイン城は、1122年から1136年にかけて、明るく照らされた岩塊(リヒテンシュタイン)の上に高くそびえるように築城され、リヒテンシュタイン家はそこから家名をとったとされています。しかし日本リヒテンシュタイン協会のWEBサイトの情報によると、

このお城は石灰石でできており、白く光っているように見えたことからLichtenstein(光る石)、なぜかその後e が入って Li”e”chtenstein となり、侯爵家の家名になったといわれています。

出典:日本リヒテンシュタイン協会

とあるため、リヒテンシュタインの名前の由来は諸説あるのかもしれません。

世界で唯一、国名が家名となった一族

神聖ローマ帝国には「帝国議会」という存在があり、それに参加するためには、「国」として認められる必要がありました。しかし18世紀までリヒテンシュタイン家は「領土」は持っていたものの「国」を持っていなかったため、この議会には参加できませんでした。

そこで彼らは自分の領土を「国」として認めてもらうため、1712年にファドゥーツ伯領を購入し、この領土がついに1719年、時の皇帝カール6世(マリア・テレジアのお父さん)により、リヒテンシュタイン侯国として認められました。ここで、世界で唯一、家名を冠する国・リヒテンシュタイン侯国が誕生します。

現在もリヒテンシュタイン侯国は、ファドゥーツを首都として、スイスとオーストリアの間に位置する場所にあります。

スイスとオーストリアの間に位置するリヒテンシュタイン侯国。通貨はスイスのフラン。(画像出典:googlemap)

ハプスブルク家に多大な貢献をしてきた一族

さてリヒテンシュタイン家が最初に城を構えたのは、ウィーン近郊でしたが、ウィーンといえばなんといっても、ハプスブルク家!

実はハプスブルク家とリヒテンシュタイン家の関係は非常に長く、ルドルフ1世(1218-1291)までさかのぼります。

上記の4コマでも解説している通り、ルドルフ1世が1278年マルヒフェルトの戦いでボヘミアに勝利したことが、その後640年続くハプスブルク帝国の幕開けとなりました。実はこの戦いでルドルフ1世側について戦ったのが、リヒテンシュタイン家だったのですね。

リヒテンシュタイン家はその後もハプスブルク家に仕え、ハプスルブルク帝国によるオーストリア支配を確立するのに多大な貢献を果たし続けました。

彼らは自国(リヒテンシュタイン侯国)を持ちながらもウィーンで生活を続け、1918年に第1次世界大戦が終結し、ハプスブルク家が皇帝位をなくし仕えるべき君主がいなくなってようやく、リヒテンシュタイン侯国のファドゥーツに居を移します。

リヒテンシュタイン侯国の首都ファドゥーツにあるファドゥーツ城(画像出典:wikipedia

現在もファドゥーツ城は公邸として利用されているため、残念ながら中に入ることができません。しかし、建国記念日である8月15日はファドゥーツ城の庭が解放され、国民や観光客とともにパーティ行われるそうです。

もしリヒテンシュタイン侯国に行くなら、8月15日を狙っていきたいものですね。

リヒテンシュタインは映画「ルパン三世 カリオストロの城」のモデルとなった国

ところでリヒテンシュタイン侯国は、日本ではある人気映画のモデルとなった国として有名です。
それが、映画「ルパン三世 カリオストロの城」に登場する架空の国「カリオストロ公国」!

確かに街並みが「カリオストロ公国」に似ている?(画像出典:tabichannel
このコラム内で、スタッフ玄馬が映画「ルパン三世 カリオストロの城」のカメラワークを絶賛しています。

リヒテンシュタイン侯国は、バチカン市国やモナコなどに次いで、世界で6番目に小さな国。小豆島と同じくらいの国土面積に約3万人の人々が暮らしています。国民の平均年収が高く豊かな国のため、他のヨーロッパ諸国に比べても治安が良く、女性でも安心して観光できるそうです。

ちなみに主要産業は、精密機械や医療器具、そして隣接するスイスと同様、国際金融でも有名です。
また「カリオストロの城」の作中に登場するカリオストロ公国では、高度な印刷技術によって「本物そっくりの偽札」を作成しているという設定がありましたが、リヒテンシュタイン侯国も、非常に高度な印刷技術をもっています(もちろん?偽札は作っていません)。

その印刷技術を生かして作られるリヒテンシュタイン侯国の切手は「世界で最も美しい切手」と称されるほどで、世界中の切手コレクターの注目を浴びているのだとか。

リヒテンシュタインの家訓通りの、素晴らしい美術品の数々!

最後に、今回の「リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」のカリーニョ(加納)的見どころポイントをご紹介すると・・・それはもう純粋に、まずは「リヒテンシュタイン家の趣味の良さ」を感じ取ることに尽きる、と思っています。

そう思う理由は、ヒテンシュタイン家の家訓にあります。
彼らの家訓は、「珍しいもので、良いもの、かつ美しく上品な事物にお金を費やすことは、永遠かつ偉大で、最大の記念となろう」というもの。その言葉通りにリヒテンシュタイン家は代々、多大な財力を使い、非常に美しく上品な美術品の数々を蒐集してきました。

たとえば、今回出展しているウィーン窯の「ゾルゲンタール時代」というのは、ウィーン窯の中でも特に黄金期の時代。

個人的には是非、このウィーン窯全盛期の作品群を丸ごと記憶していただき、今後ウィーン窯の作品と出会う機会があったときに「リヒテンシュタイン展でみた作品に比べたら‥‥」という比較検討する愉しみも味わっていただきたいものです。

ちなみにスタッフ玄馬(私の実姉)は、故郷にある大原美術館の印象派の主作品をほぼ丸ごと覚えてるとのこと。私も同じ教育を受けていたのに…私は子供のころに全然勉強しなかったことを今更ながらに後悔。。。

スタッフ玄馬は上記のコラムで大原美術館の所蔵品に対し「買い付け担当の画家児島虎次郎の目利きのすばらしさには驚嘆ものです。」と紹介していますが、言うまでもなく、リヒテンシュタイン家の目利きも、本当に素晴らしいです。

図録には、1点1点に対しとても丁寧な解説文がついています。展覧会を見終わった後には図録を購入して、審美眼を持ったリヒテンシュタイン家の人々が認めた、「本当に美しいもの」の数々を記憶しておくのはいかがでしょうか。

私もまた大阪での会期が始まれば、スタッフと共に足を運んでみようと思いますので、新しい知見を得た際には、情報シェアしようと思います!

参考文献・サイト:
・図録『ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展』
日本リヒテンシュタイン協会公式フェブサイト
TABI CHANNEL「リヒテンシュタイン」

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この記事を書いた人

加納亜美子

西洋磁器史研究家 / 料理研究家
「カリーニョ」代表。カリーニョを運営する三姉妹の末っ子。

幼少の頃から洋食器コレクターの父親の影響を受け、食器の持つバックストーリーに興味を持ち、文系塾講師、洋食器輸入会社で勤務後、2016年1月~会員制料理教室「一期会」、2019年1月~高級食器リングサービス「カリーニョ」の運営を始める。
曾祖母は赤絵付けの原料となるベンガラ作りに関わっていたルーツを持つ。