講座レポ イギリス陶磁器編第3回 「スポード」

こんにちは。カリーニョスタッフのTomokoです。

本日は、草津サロンにてイギリス陶磁器編第3回目【スポード】の講座が開催されました。

今回も感染対策にできるだけ配慮しながら開催させていただきました。

本日の講座も、スポード創業時からの歴史を中心にボーンチャイナ開発の話まで、とてもわかりやすくまとまっていました。

[イギリス陶磁器編]に関わらず、亜美子先生の講座では、いつも最初に~今日のゴール~として、90分後にはこのような事が理解できていますよという到達点を示してくれます。

さらに、はじめに、スポード窯ってどんな窯なのかを1分で解説!のコーナーがあり、何に興味を持って聞いたらよいのか、最終的にどのようなことがわかるようになるのかが明示されるので非常に聞きやすい講座になっています。

【1分で解説】のコーナー!!

創業者の名前は、ジョサイア・スポード1世。ジョサイアってウェッジウッドと同じ名前⁉と思ったのですが、同じ時代に生きたウェッジウッドとスポードは知り合いだったのでしょうか?その辺りのことも紐解かれていきます。

これまでに勉強してきたロイヤルクラウンダービーはダービー州、ロイヤルウースターはウースター州が発祥地ですが、今回のスポードは英国陶磁器の里とも呼ばれるストーク・オン・トレントが発祥の地です

ストーク・オン・トレント⁉

陶磁器の勉強をしていくうちにだんだん興味が湧いてきたその地は、ロンドンから約1時間半ほどのところにあるスタッフォード州に含まれる街です。陶器作りに適した粘土質で、石炭も産出されていたことから陶器生産が発達したようです。

コープランド時代の食器を説明する亜美子先生

6歳で父親を亡くしたスポード1世は、その歳から陶工の道を歩み始めます。仕方ないこととはいえ、6歳から働くなんて現代の社会では考えられないですよね。

その後、16歳で名工と言われたトーマス・ウィールドンに弟子入りし、ここにあのウェッジウッドも同時期にいたようです。その後、ウェッジウッドはトーマスと共同経営者になり、スポードはマスター・ポッター(主任造形師)になります。

スポード1世とウェッジウッド1世には共通点がいくつかあることがわかっています。

父親を早くに亡くし陶工になったこと、同じ師を持ったこと、ストーク・オン・トレントで陶磁器窯を創ったこと、2代目が事業を大きく飛躍させたこと、などがあり、さらに、2人は同じ教会の墓地に埋葬されているそうです。

なので、亜美子先生はこの地に行くことがあったら、素敵な器を使えていることの御礼が言いたいなとおっしゃていました。でも・・本当に言ってそうですw。

ボーンチャイナの開発

ボーンチャイナとは、牛の骨を焼成した骨灰を使用して作られた軟質磁器を言います。

この頃のイギリスは産業革命で生活が豊かになり、上流階級が品質の高い陶磁器を求めましたが、中国との制限貿易により、陶磁器を手に入れることが極めて困難になっていました。

第1回のロイヤルクラウンダービーの時に紹介されたように動物の骨を混ぜて磁器を作ることに目を向けボーンチャイナ作りに着手したのは、ボウ窯でした。

そこに、牛の骨を用いることでボーンチャイナの製品化に成功したのがスポード窯になります。ボーンチャイナの開発に成功したのはスポード1世の息子(スポード2世)の時で、この時期にジョージ4世に英国王室御用達の称号を賜っています。

『ブルーイタリアン』と『ロンドンシェイプ』‼

この頃、流行していたグランドツアー。グランドツアーで持ち帰られた絵画に描かれていた廃墟から興った廃墟ブーム。そんなイタリアの廃墟が描かれた『ブルーイタリアン』がスポ―ドで完成します。スポードといえばこのシリーズを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?そういう私がまさにその1人です。

ブルーイタリアンは、いまも現行で販売され、多くの人に愛されています。この『ブルーイタリアン』に使用されているのが当時イギリスで大流行していた『ロンドンシェイプ』です。カップの底に向かって細くなり、台足が付き、ハンドルは角ばっています。

今年の秋は、産業革命を経て開発されたボーンチャイナと、遠く古代のイタリアに思いを馳せながらスポードの『ブルーイタリアン』で美味しい紅茶をいただくことにしましょ!!

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