『余白の美』-14代柿右衛門の本音が随所に散りばめられた一冊

昨日の読書感想文で、

西洋磁器のルーツには、日本や中国の磁器の存在が大きく関わっていたことに気づきます。

ということを書きました。

この読書感想文を書いたあと、なんだか日本の磁器とヨーロッパの磁器のつながりに関連したものが読みたくなり、再読した本がこちら。

『余白の美』(酒井田柿右衛門著,集英社新書,2004年)。

この本の作者は、故・「14代酒井田柿右衛門」(1934-2013年。以下14代)。
2001年に重要無形文化財「色絵磁器」の保持者(人間国宝)に認定された、言わずと知れた有田焼を代表する柿右衛門窯の14代目です。

「柿右衛門窯」というのは、ヨーロッパで磁器づくりの研究が熱心に取り組まれているとき(18世紀初頭)に、模倣の対象となった窯。西洋磁器の歴史を学ぶうえで、「柿右衛門窯」の名前は必ず目にすることになる、非常に重要な存在です。

ただしこの本は、14代ご本人が執筆したというわけではなく、日本聞き書き学会(なにやら興味深い学会)の和多田進さんが生前の14代に3年にわたってインタビューされてきたものを、文字起こしして書籍化したものです。

そのためなのか、ほかに数多く出版されている柿右衛門(窯)に関する書籍と比べても、明らかに異彩を放っています。

特に何が違うかというと、インタビューで14代が話された内容に対する文章校正が、ものすごく少ないと思われる文章(文体)であること。たとえば「(笑)」という文言が、1頁平均2~3回登場したりとか。笑

とにかく、文章のいたるところに14代の本音が散りばめられていて、しかもそれをあえて校正で消すことなく、包み隠さず掲載している。具体例はこの後紹介していきますが、とにかくそれが興味深いものですし、今となっては亡き14代の本音を知ることのできる、非常に貴重な資料ともいえます。

これにはインタビュアーであった和多田さんも

14代はお話の中に「本音」をちりばめられるのが大変お上手でいらっしゃいました(笑)
238頁)

とあとがきで、まんま述べられていますし、さらに14代ご本人も、

学術的に精査された著作や、案内書的な書物も世の中にはいっぱい出回っておりますね。
けれども、私どもの「本音」ということになると、やっぱりこの本じゃないか、これだけじゃないかとも思いますし。
238頁)

と言われています。
すでに他界されている14代の意思がたっぷり詰まった本というのは、おそらくこの『余白の美』と、14代が他界された後に出版されたもう一冊の著書『遺言:愛しき有田へ』の2冊だけなのではないでしょうか。

『余白の美』は、14代の生い立ちを紹介した「私」という章、有田焼の作り方などをまとめた「つくる」という章、そして本の中で登場する柿右衛門・柿右衛門様式の作品を14代が解説した「あじわう」という章、合計3つの章で構成されています。

ちなみに、タイトルに使われている「余白の美」とは、「柿右衛門といえば〇〇」という、柿右衛門を語る上でのキーワードとなる言葉のひとつです。

14代もこの本の中で、

「赤絵」「余白」「濁手」の三つを総合した磁器の確立したスタイルが、いわゆる「柿右衛門様式」と言われているものなんですね。
(22頁)

と述べられいて、とにかく柿右衛門(様式)といえば、「赤絵」「濁手」、そして「余白」、なのです。

この本には、こういった柿右衛門窯に関する話などもありますが、今日はあえてそこには触れず(というのも、この部分は先述の『遺言:愛しき有田へ』とも重複する部分があり、このあたりはまた別のコラムでご紹介しようと思っているのです。)、個人的にこの本で皆様に「ぜひ読んでもらいたい!」と思っているおススメポイントがあります。

それが、14代による「マイセン解説」です。

もうこれが本当に面白い!
よくこんな本音を書籍に掲載したなあと思える解説文が随所に……この部分こそが、私が最初にお伝えした「校正がものすごく少ないから」の賜物のような気がします。

これも本当に私の個人的意見なのですが、日本の陶磁器業界では、お話を伺いに行っても国内外問わず他社のメーカーの話題を避ける傾向があるように思えます。お話が聞けたとしても、たいていは「オフレコ」に。(これはこの業界問わず他でも言えることかもしれませんが。)

そんな中で、14代はかなりストレートな言葉で、マイセンやフランスのシャンティイ窯の解説をしていて、それが秀逸なのです。

これはもう、実際の文章をご覧いただきたいので、どんどん引用していきます。

たとえば、マイセンの「白磁」についての話。
14代がいうに、

マイセンなんかではブレンドしていちばんいい土を使うんですね。
私の考えでは、マイセンの人たちには私たちのような「土の味」なんていう考えはまず無いんじゃないかと思いますよ(笑)。白ければいい、形が良くなればいい、そういうことじゃないかと思いますね。
合理的といえば合理的、味がどうのこうのなんて無いですから。
(123頁)

また、215頁のマイセン窯の「松竹梅鳥文 輪花皿」の解説では、

この素地の白さはおしろいの白さというか、そういう感じですね(笑)。なんかこう言葉ではなかなか言えませんけれども、この白さは軽い感じがしますね。柔らかそうで、お菓子みたいなかんじで(笑)。
(217頁)

という風に、マイセンの白磁を「お菓子みたいに軽い感じがする」と説明しています。”(笑)”という文言が全体的に言葉を和らげていますが、これ、(笑)がなかったら、結構捉えようによってはキツイこと言っていますよね。

さらに、1986年に柿右衛門窯とマイセンが「悪さをして遊んだ記念品」として共同制作した「色絵 苺花地文 花瓶」(マイセンと有田に1点ずつしか存在しない作品)の解説では、

マイセンのは絵具の透明感がまったくないんです。とろっとしていないんですね、ベタっとしてて。色です!というような感じです(笑)。
うちで作ったのとふたつ並べて見るとそれがよく分かるんですがねぇ。どろっとしている絵具の感じとベタっと置いてある絵具の感じとの違いが。
濃淡というか、表情っていうか、向こうの絵具には、そういうのがないんです。
(220頁)

と言い切ってしまっています。

さらにフランスのシャンティイ窯の柿右衛門様式の壺では、

ぬるーんとゴムの輪っかを広げたような感じ(笑)じゃないですか?そういう線を描くんです、海外の人は。

起承転結のない線っていうんでしょうかね、同じ呼吸でずるずると描いていくんです。遠くから見ても海外で作ったものはすぐに分かりますね。線が違うんです。線だけで表現できる世界があると私たちは思うんですが、海外で作られた「模製」にはそういう線の世界がありません。ただ線が引かれているというだけです。
(218頁)

という解説。

このような、歴史的に「模倣された側」の当事者である柿右衛門窯が「模倣した側」のヨーロッパの窯の作品を語る解説というのは、今まで見たことがありませんでした。

柿右衛門様式を模倣して作られた「インドの華」の解説も非常に面白かったのですが、もうここでは引用しません。ぜひ書籍でご覧ください。

ちなみに14代はヨーロッパの磁器を、「白磁も色絵付けも合理的で単調」という風に表現されていますが、これは、以前わたしが紹介した洋の器と和の器の価値観の違いというのが非常に大きく作用してあり、それは14代の言葉でも語られています。

これはもう、日本人の好みの問題なんでしょうか、微妙な、ある種の矛盾のようなものがやきものにも無いといけないわけです。ノイズ(雑音)って言うんでしょうか?それが無いと落ち着かんのです。「土もの」(陶器)なんか特にそうですよね。唐津でも備前でも、それぞれの土の美しさというのは、どうも日本人だけが分かる美意識なのかなぁと思ったりします。

どこの美術館に行っても「矛盾だらけの」美しいやきものを観ることができますよ、そういう国ですから、日本は。

そういう感じが分からなくなっているとしたら、ホントに日本人としては恥ずかしいということになりますよね。そういうものを観て、海外のみなさんでも「いいですね」と言って下さるんですから。

しかし、私たち日本人は外国のみなさんにそう言われても、どこがいいのか答えきれないんですね。 そんなことになっているんじゃないでしょうか、現状は。
(124頁)

――14代は、ヨーロッパの磁器が合理的で単調なのが「良くない」と言っているわけではないのです。ヨーロッパの文化・価値観で育まれてきた西洋磁器は「そういうもの」だから、です。

問題なのは、今を生きる日本人に、自分たちの文化の中で育まれてきた「日本の美」を理解できている人が果たしてどれだけいるのか、ということです。

実は14代はこの書籍の中で、たびたび日本人特有の美意識が欠けてきていると、強く警鐘を鳴らしています。それは器を「見る」「使う」側の私たち消費者の美意識だけではなく、「作る」側の職人・作家たちの美意識にまで言及しています。

この書籍のためのインタビューはあとがきから判断すると、ちょうど14代が人間国宝に認定された時期に行われていたようです。
そんな時期に、あえてそういった日本人の美意識の欠如を嘆く本音を包み隠さず話された意味。そしてその後、14代が他界した後に出版された書籍『遺言』に込めた、さらに強い「日本の伝統工芸はこのままではダメになる」ということを訴える遺志。

その言葉のひとつひとつは、冗談交じりに”(笑)”という言葉を多用しながらも、非常に深く重いものです。そしてその言葉の重みこそ、日本の伝統文化を守り伝承する立場である14代だから遺せたものなのだと思います。

うーん。なんだか『遺言』のほうも、早く再読したくなりました。

最後に話がずれてきましたが、、、まずは『余白の美』では、随所に散りばめられた本音と、「真似された側」から見たヨーロッパの磁器解説をお楽しみください。

(出来ることなら、マイセン側の方からの「柿右衛門」の解説も、いつか聞いてみたいところです。笑)

 

【このページの文章を書いた人】 加納亜美子(アミーゴ先生)

株式会社アリベ 代表取締役/『カリーニョ』代表 カリーニョを運営する三姉妹の末っ子。料理教室「一期会」を主宰し、洋食器輸入代理店でのセミナー講師、コラム執筆など多岐にわたり活動中。 通称:アミーゴ先生。これは、”世界中に沢山の友達が出来るような社交的な人になるように”と、父親が「アミーゴ(スペイン語で『友達』)から由来して名付けた「亜美子」にちなんだニックネーム。

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