『デザインの国イギリス』- [用と美]の[モノ]づくり ー ウェッジウッドとモリスの系譜

「ウェッジウッドとウィリアム・モリスの系譜」。

この言葉を見て、イギリスのモノづくりやデザイン文化に興味関心のある方なら、思わず知的好奇心を感じてしまいませんか?

先にお伝えしておくと、この本は、1996年度の同志社大学学術奨励研究費による研究成果刊行助成を受けて出版された書籍です。つまり、他に様々あるウェッジウッドやウィリアム・モリスに関する書籍に比べても、より学術的な内容で、今まで私が紹介してきた書籍(といっても、まだ4冊ですが)と比べるとやや難易度が上がるため、ある程度 彼らが生きていた時代背景の知識を持ったうえで読むほうが読解しやすいかと思います。

私たちの多くは、日常の生活の中で、それとはっきり認識していない場合を含めて、イギリスのデザイン文化の最良のものの一つであるウェッジウッドの製品やモリスのデザインをよく目にしています。

これらのものは、本来、美術館に展示されることを目的に創造されたものではなく、毎日の生活の中で使われてこそ、その存在を輝かせるものです。イギリスにおいては、もちろんもっと自然にもっと広く人々の生活の中に溶け込んでいます。

こんなにも長く人々に愛されるデザインがどのようにして誕生したのか、それを知ろうとするのがこの本の目的です。
(5頁)

この書籍では、上記の「この本の目的」にもあるように、イギリスのデザイン史・文化に多大な影響を与えたウェッジウッドとモリスの人生を紐解いていくことで、18世紀後半から19世紀にかけての、イギリスが歴史上もっとも繁栄した時代の社会的・文化的側面の一端を知ることができる内容になっています。

ウェッジウッドは、言うまでもなく今も日本で人気の高い、イギリスの陶磁器ブランド「ウェッジウッド」(1759年創業)。ですが、この本では、ブランドではなく創業者であるジョサイア・ウェッジウッド(1730-95年)のことを指しています。


(ジョサイア・ウェッジウッド。wikipediaより)

彼は、「ウェッジウッドの創業者」という肩書きを持つだけでなく、18世紀にイギリスで興った産業革命の黎明期に活躍し、これまで「農民の手工芸」「農民の副業」にすぎなかった製陶を、一大産業に変換させた起業家であり、科学者であり、偉大な実業家だった人物です。

私も起業家・経営者の一人として、その生き方は非常に参考になる部分があり、以前コラムでも7回にわたり彼の生涯を紹介してきました。

一方ウィリアム・モリス(1834-1896年)は、ジョサイア・ウェッジウッド(以下ウェッジウッド)の没(1795年)後、イギリス産業革命による工業化がほぼ完成期に達していた19世紀を生きた人物です。生没年を見てわかるように、ウェッジウッドとモリスの生きた時代は、約100年違うということになりますね。

この頃のイギリスでは、ウェッジウッドの時代とは比べ物にならないほどの機械化、大量生産技術の発達によって「職人の手仕事を模倣した、一見高級感のある、装飾過剰な日用品」が、低価格で中産階級の人たちに提供されるようになり、彼らはこういった日用品を自分たちの富と社会的地位の象徴として歓迎していました。

しかし、この職人の手仕事を模倣した”一見高級感のある、装飾過剰な(悪趣味、とも表現される)日用品”は、19世紀イギリスにおける「趣味」の堕落と疑似文化を象徴するものになっていき、結果としてイギリスは工業化の進展とともに、日用品の質が大きく低下していくことになります。

そんな状況に対して奮闘したのが、モリスです。
彼は反工業主義ともいえる、自らの生きた工業化の時代を否定し、「伝統的な手仕事や職人芸を見直そうぜ」(※だいぶ要約)という、アーツアンドクラフツ運動をおこしました。


(ウィリアムモリス。wikipediaより)

カリーニョのコラムでも度々登場しているウィーン分離派や、フランスのアールヌーヴォー、そして柳宗悦を中心とした日本の民芸運動も、このアーツアンドクラフツ運動が土台とされています。(ただしイギリスでの運動が全く同じように展開されたわけでなく、それぞれの国の抱えていた課題や、人々の感性・価値観の違いによって、運動の理念や創られるデザインの性質は変化しています。柳宗悦なんて、「ウィリアムモリスは偉大な先駆者でありその信念には大きな共感を覚えるが、彼の創ったものは少しも美しくない」と言ってしまっているし。)

 

ジョサイア・ウェッジウッドは巨大な機械がまだ出現していなかった時代に、手の延長である道具をさまざまに改良して使いこなし、合理的、近代的な工場経営によって良質の実用陶器を大量に生産して、人々に提供しようとした。
一方モリスの生きた時代には、大量に生産するということがより強調、重視された結果、巨大な機械が次々に製造され、粗悪で醜悪な製品を市場に氾濫させ、人々から造る喜びを奪い去り、人々を機械の奴隷としてしまった。
(201-202頁)

(モリスは)「造り手」の労働の喜びのこもった美しい手作りの製品は、必ずや「使い手」にも喜びをもたらすであろうと信じた。「芸術とは労働における喜びの表現である」と考えるモリスは、芸術が人々の生活の中に入り込んでいくことを強く願った。人間はみな働くのであるから、その労働は幸福でなければならない。喜びのない労働は不幸であると考えた。
これは、機械の奴隷として空虚な労働に従事しなければならない近代の人間の現状に対する倫理的な批判であると同時に、芸術家としての心からの叫びでもあった。
(202-203頁)

ウェッジウッドが力を注いだ合理化・工業化は、100年後には人々から働く喜びを奪い、デザイン水準の低下を招くことになりました。では、ウェッジウッドが行ったことは「悪」だったのかというと、決してそうではない。ウェッジウッドの生きていた時代には、それが必要だったのです。

歴史というのは、断片的な出来事を切り取って善し悪しが判断できるほど、そんな単純なものではなく、だからこそ歴史をたて糸でたどりながら、俯瞰的に見ていく必要があるのだと思います。

この二人の人物は、共通して「より多くの人々の生活を豊かで、美しいものにしたい」という強烈な想いを持っていました。しかし、お互いが生きた時代のイギリスの社会的背景により、その挑み方が違った。

ひとりの人物にフォーカスを当てるのではなく、このような二人の偉大な人物を関連付けて紹介していくというのは、この時代の視野が広がることに繋がり、イギリス陶磁史を知るうえでも、新しい知見を得ることができます。
イギリス陶磁史に興味のある方には是非おすすめしたい一冊ですね。

ちなみにモリスの生きた時代は、イギリスの黄金時代とも呼ばれるヴィクトリア朝時代。
以下のコラムでは、さらに別の視点から当時の時代背景を知ることができますよ。

【アミーゴの読書感想文】
5冊目:デザインの国イギリス―「用と美」の「モノ」づくり ウェッジウッドとモリスの系譜

【このページの文章を書いた人】
加納亜美子(アミーゴ先生)

株式会社アリベ 代表取締役/『カリーニョ』代表 カリーニョを運営する三姉妹の末っ子。料理教室「一期会」を主宰し、洋食器輸入代理店でのセミナー講師、コラム執筆など多岐にわたり活動中。 通称:アミーゴ先生。これは、”世界中に沢山の友達が出来るような社交的な人になるように”と、父親が「アミーゴ(スペイン語で『友達』)から由来して名付けた「亜美子」にちなんだニックネーム。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう