【第15回】タイタニック号の悲劇は当時の社会の縮図(3/6)

陶磁器を彩る美しいモノたち
タイタニック号の悲劇が
多くの人々の関心を集めている理由

1,2回は私のベスト10に入る映画「タイタニック」について、思わず熱く語ってしまいました。
今回は映画のほうではなく、歴史上のタイタニック号の悲劇について、あの事故がなぜ多くの人々に衝撃を与えたか、そしてそこから読み取れる多くの教訓についてお話ししましょう。この事故は、今を生きる私たちにも重要なメッセージを投げかけています。タイタニック号のことを知っておくことは、幅広い教養文化を学ぶうえでも必要なことだと私は考えています。

また、ヴィクトリア女王の息子の時代であるエドワード朝を考えるとき、エドワード朝(エドワーディアン。1900~1910年代)の粋(すい)を結集させたタイタニック号の設備や風俗文化はとても参考になります。陶磁器が華やいでいた頃は、文化や科学技術もとてつもない勢いで進化していたことを感じてほしいからです。それが、今回6回にわたって私が「陶磁器を彩る美しいモノたち」コラムにタイタニック号を取り上げた理由です。

 

タイタニック号の注目すべきポイントその①
当時の最新技術が駆使された一つの「街」

 

タイタニック号は、東京都庁を横にしたくらいの超豪華大型客船でした。その中には、当時最新鋭の設備を兼ね揃えていました。1~3等客船それぞれ専用のレストラン、図書館、スポーツジム、プール、サウナ、テニスコート、売店などなど。もちろん映画でも登場する最新のエレベーターも兼ね揃え、1~3等客船の部屋にはそれぞれ水洗の洗面台までついています。トイレ(WC)は地図を見る限り、個室には一等客船にもついておらず共用でしたが、おそらく水洗だったでしょう。生活に必要なものはなんでも揃い、地上と同じ生活ができる、いわば一つの街のような船でした。

一等客船のプロムナード(遊歩道)。タイタニックの大きさがわかる。

途中下船したブラウン神父が撮影したタイタニックのジムの様子。
電動乗馬、照明式地図などエドワーディアンの最新機器が揃った施設。
写真の二人(体操指導員マッカウレー、電気技師パー)は、タイタニックの沈没で帰らぬ人となった。

外洋航路の客船では史上初のプール。エドワーディアンの人々が、IT以外では今と変わらぬ娯楽をたのしんでいたことがわかる。

エジソンが白熱電球を改良発明したのが、1879年。電球がやっとできたぜ、という時代からわずか33年で、都庁ほどの施設をすべて電力で賄っていたというこの西洋人の進化のスピードの速さといったら!人間の「もっと便利に」というどこかの企業のキャッチフレーズもびっくりの欲望には圧倒されるばかりです。

そして私がもう一つ驚くのが、冷蔵庫・冷凍庫の存在です。乗客・乗員2,000名の7日間以上の1日4食(朝・昼・夕・夜)の食糧、ということですから5万食!以上の食糧が船に積み込まれていたのです。生肉3万キロ、卵4万個、リンゴ・オレンジ合わせて6万個、アイスクリーム800キロなど、けた外れの量です。それだけを貯蔵する冷蔵庫・冷凍庫が1912年にあった、というのがもうビックリなわけですよ。

テレビやインターネットがないだけで、あとはもう現代の私たちとほとんど変わらないことができていたタイタニック号。19世紀末~20世紀初頭の人たちが、いろんな点で私たち現代人の感覚に近くなる最も古い人々、と私が何度も言っている理由がここにあります。

 

タイタニック号の注目すべきポイントその②
上流階級の人々と移民が同船しているという社会の縮図

 

タイタニック号の客船は、1~3等客船と3ランクに分かれていました。今のファーストクラス、ビジネスクラス、エコノミークラスと思えば想像しやすいかと思います。

1等は上流階級の貴族、アメリカンドリームで成功した事業者など。タイタニック号の乗船料金は、現在の550万円~180万円ほどでした。

一等客船のB60号室。コネクティングルームがあったことがわかる。ダマスク(模様)の壁紙が部屋によく映える。一つ前のヴィクトリアンの時代よりも装飾は抑えられ、現在の高級ホテルに見られるような装飾とシンプルさのバランスが絶妙にマッチした「クラシック風」室内装飾のピークを感じさせられる。

一等客船のバスルーム。エドワーディアンの時代になると、今とほぼ変わらない衛生環境であることがわかる。

2等は、中流階級である医師、教師、牧師、上級会社員など。乗船料金は15~20万円ほどでした。

2等客船。二階建てベッドと洗面台、ソファがある。白を基調とした壁面に、マホガニーであろうか、ダークブラウンの家具、大ぶりの花柄模様のカーテンなど、装飾とシンプルの緩急がちょうどいいバランス。

3等は、ヨーロッパ各地からアメリカンドリームを夢見て集まった移民たちです。乗船料金は、2~4万円です。

3等客船。簡素な作りながら、洗面台がある。当時の衛生概念がしのばれる。

これ、今の旅客機の運賃考えると、断然安いですよね。7日間、4食(朝・昼・夕・夜)昼寝付きでこの値段ですよ。現在の旅客運賃を考えると、この値段なら、迷わず2~3等客船に乗って家族旅行したい!という方も多いのではないでしょうか。

そして超階級社会だったイギリスにおいて、普段決して会うことのないクラスの人間が、一つ同じ船の中に同居していたのです。ある意味すごい光景です。
当時は同じイギリス人でも、階級(クラス)によっては、言語も違う、マナーも違う、食事の習慣も違う、なんもかんも違う、の別人種だったわけなのです。その人たちが閉鎖空間である船の中にいるわけですから、タイタニック号が社会の縮図だったというのが、お分かりいただけるでしょう。

当時、ヨーロッパの経済状況は悪化し、隣国とも一触即発の状態。重い空気から脱しようと、アメリカンドリームを夢見る移民たちはこぞって新大陸に向かいます。(その需要が多かったため、大西洋の客船の大型化に拍車がかかったのですが…。)タイタニック号は移民船でもあったのです。目の前には、鉄道や石油、商売で大成功を収めた富豪たち。映画「タイタニック」の主人公ジャックのように、一等客船の富豪たちを羨望の眼差しでみていた移民たちが、数多くいたことでしょう。

 

タイタニック号の注目すべきポイントその③
いくつものヒヤリハットが重なって起きた重大アクシデント

人災でよくいわれるのが、事故寸前のヒヤリハットが300件積み重なって1件の重大事故が起きるというハインリッヒの法則。(医療業界にいたので、これは叩き込まれましたね。一つの調剤ミスが本当に命とりですから。)その例を出すまでもなく、タイタニック号の沈没も、数多くのヒヤリハット事例の末に起こります。

 

・船の燃料である石炭の大火災

揮発性の高い石炭は燃えやすく、船での石炭火災は当時それほど珍しくありませんでした。燃えている石炭をそのまま炉にいれればいいので火夫たちは慣れていましたが、タイタニック号の場合、鎮火する気配がなく、出港した後も大火災は続きます。火災により防水隔壁が損傷し、それが浸水が抑えることの出来なかった理由とされています。もし石炭火災で防水隔壁にダメージがなければ、たとえ氷山に激突しても、沈没は免れていたかもしれません。

 

・消えた見張り台の双眼鏡

双眼鏡を紛失したために、氷山の発見が遅れたといわれています。

 

・氷山警告を無視

無線通信で送られてきた氷山警告文は、なぜか無視されました。

 

・猛スピードで氷山にぶつかった理由

事故当日の朝から氷山警告文が送られてきたのにもかかわらず、時速最高スピードでタイタニック号は進みました。なぜなら、石炭ストで燃料がもともと足りなかったうえ、石炭火災が広がって必要以上に早く石炭を炉に入れたからです。つまり、とにかく猛スピードで大西洋をつっきらなければ、ガス欠でエンストしてしまう状態だったのです。これが、猛スピードで氷山に激突した理由と言われています。

 

・衝突当時、周りにいた船がことごとくSOSを無視

無線連絡に気づかず、あるいは気づいても助けようとしなかったのか、近くを航行中の船に無視されて沈没までに間に合わなかったといわれています。

 

・救命ボートが乗客・乗員の半数しかなかった

そもそも、救命ボートが1,000人分ほどしかありませんでした。浮沈の船といわれていましたので、まず沈没を想定していなかった、と言えます。

 

他にもまだまだいろいろなヒヤリハットがありますが、これらのどれか一つでもちゃんとしておけば、タイタニック号の悲劇は起こらなかったのです。一つのヒヤリハットが命とり、ということを私たちに教えてくれる事件です。

 

次回は、タイタニック号の注目すべきポイントを、更に深堀していきましょう。

 

【このページの文章を書いた人】 玄馬 絵美子(げんば えみこ)

株式会社アリベ 取締役 / 薬剤師 カリーニョを運営する三姉妹の長女。薬局・病院で薬剤師として勤務後、現在、子育て中のアラフォー主婦。株式会社アリベでは受注・財務面、そしてカリーニョでは趣味で研究してきた古今東西の19世紀~20世紀初頭の文化・様式・芸術の世界を紹介するコラム執筆を担当。 【これまでの実績】 全国のMR経験薬剤師が作る転職応援サイト『MRファーマシスト』にてマネーコラム連載。 新聞の文芸欄掲載多数。掲載作品はこちら(個人ブログ「私の読書遍歴」)

 

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