【第9回】超簡単!新古典様式のきっかけを作ったポンペイ遺跡

陶磁器を彩る美しいモノたち
ジョサイア・ウェッジウッドも魅了された古代遺跡

本コラム「陶磁器を彩る美しいモノたち」では、これまでゴシック、バロック、ロココ、そして新古典様式についてお話してきました。

今回は、その新古典様式との関係が深いポンペイ遺跡についてです。ウェッジウッド創業者であるジョサイア・ウェッジウッドの解説でも登場した、イタリアのポンペイ遺跡。なぜ、そんなに18世紀中ごろのヨーロッパ人に強いインパクトを与えたのでしょうか?

 

 

EMIKO

先日も、4月15日にNHKで放映された「地球ドラマチック 『ポンペイ 石こう像の新事実』」を観て、私も久しぶりにポンペイ遺跡を愉しみました。

1990年代世紀末
怪奇ミステリーブーム小話(こばなし)

私がポンペイ遺跡を知ったのは、小学生の頃でした。

当時は、20世紀の世紀末だったこともあってか、怪奇・ミステリーものの全盛期でしたね。今になってみるとなんであんなに皆が熱狂してたんだろう、とあっけにとられるくらい、心霊ものだの、キョンシー(中国の幽霊)だの、吉村教授のピラミッドの秘密だとか、ネッシーだとか、ミステリーサークルだとか、志村けんのスイカ人間だとか(あ、これは関係ないか)に大ブームとなって踊らされていましたねえ。

ノストラダムスの大予言は言うまでもなく、世紀末というのは18世紀ごろから何か魔性が宿っていて、人々が「エロス(性の本能)とタナトス(死の本能)」というような退廃的思想や、切り裂きジャックなど怪奇ミステリーに狂わせる何かがありました。うーん、恐ろしや。

EMIKO
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お陰で、私も小学生のころに一通りの怪奇・ミステリー本を読みました。ポプラ社文庫の「怪奇・推理シリーズ」はほぼすべて読んだと思います。それで満足したのか、中学生以降、推理物は一切読まなくなりましたね。

ポンペイ遺跡が特別なのは、
古代の人々の息づかいが生々しいから

 

いろいろな古代遺跡がある中で、とりわけポンペイ遺跡は特別な遺跡として人々の注目を集めました。

何がそんなに注目に値すべきだったか、というとですね、それはポンペイ遺跡が、西暦79年8月24日の様子を、そのまんま、そのままですよ、タイムカプセルに入れて封じ込められた状態で発見されたからです。

 

79年8月24日昼、イタリアのナポリ近郊にあるポンペイは、ヴェスヴィオ山(行こう、行こう、火の山へ~♪の歌で有名な「フニクリフニクラFuniculi, Funicula」の、あの火山です)の大噴火により、一昼夜にして大量の火山灰が降り積もり、当時の市民たちは逃げる暇もなく、そのままの状態で生き埋めとなって、命を落としました。そして噴火から大量の土石流が流れ込み、噴火から30時間で完全に都市全体が埋まってしまい、ポンペイは歴史の表舞台から完全に姿を消してしまったのです。

 

しかし火山灰が街を埋めてしまったことによって、皮肉にも壁画や美術品の劣化が最小限に食い止められ、結果として街は非常によい保存状態のまま保たれることになったのです。

 

ですから、1748年に発見されるや、もう大フィーバー。多くの青年男性貴族が「グランドツアー」(今でいう研修旅行ですね)に赴くきっかけとなったのです。
そりゃあ、そうです。1600年前の当時の人々の生活がそのままの状態で残っていたわけで、あまりの生々しさにまるで自分たちが87年の世界に迷い込んだような、不思議な感覚に陥ってしまうのですから。

 

大噴火の犠牲となった人々の石膏像。遺体が埋まっていた穴に、石膏が流されて作られている。石膏の内部には、犠牲者の骨が入っている。

「地球ドラマチック」でも言われていましたが、普通の遺跡は、経年劣化していますし、死者はたいていの場合、丁寧に埋葬されているので、古代遺跡の生活感はほぼゼロです。それが、ポンペイでは、パン屋には焼きかけのパンが炭状になって残っているわけですよ。そして死者も、ベッドで寝ている状態や、膝を抱えた状態、赤ん坊を抱いている状態など、さっきまで生きていたかのような姿の87年の人々と、現代の私たちが対峙するわけです。ぞくっとしますね。

 

しかも、それらの人々は一般の、いわゆる市井(しせい)の人々なのです。ポンペイは商業とともにワインや調味料など、製造業でも発展した街で、闘技場や公衆浴場、娼館などの娯楽施設もある、普通の街なのです。健康状態もよく、奴隷も市民と同じ健康的な食生活を送っていたことが調査から分かっていて、噴火の悲劇により一瞬で人生を奪われた人々は、現代を生きる私たちと何も変わらない普通の人々だったのです。それが、エジプトの遺跡に眠る王族のミイラとの大きな違いです。

普通の人々の、普通の営みがーー一瞬にしてすべて失われた、人々の妄執というべきような姿、そこに現代人の私たちは非常な共感をもつのですね。

それが、他とは全く違う、ポンペイ遺跡最大の魅力なのです。

 

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新古典様式の時代を生きた18世紀の人々は、これらの古代ローマ人の調度品の文化的・芸術的な美しさに魅了されて、それらをオマージュ(模倣)した作品を次々に生み出します。この点で、新古典様式とポンペイ遺跡の関係は、切っても切れない関係なのですね。

【このページの文章を書いた人】 玄馬 絵美子(げんば えみこ)

株式会社アリベ 取締役 / / 薬剤師 カリーニョを運営する三姉妹の長女。薬局・病院で薬剤師として勤務後、現在、子育て中のアラフォー主婦。株式会社アリベでは受注・財務面、そしてカリーニョでは趣味で研究してきた東西の19世紀~20世紀初頭の文化・様式・芸術の世界を紹介するコラム執筆を担当。 【これまでの実績】 全国のMR経験薬剤師が作る転職応援サイト『MRファーマシスト』にてマネーコラム連載。 新聞の文芸欄掲載多数。掲載作品はこちら(個人ブログ「私の読書遍歴」)

 

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