山菜の季節に思う 食卓に食器がない生活

わらびのあく抜きで思い出す
志貴皇子の万葉の歌

 

ゴールデンウィーク頃になると思い返す歳時記は、茶摘み、端午の節句などでしょうか。

その中に、山菜の愉しみもありますね。

私も御多分に漏れず、今年も筍(たけのこ)や蕨(わらび)のあく抜きにいそしみました。方々から頂くのも、筍、蕗(ふき)、蕨とこれまた山菜づくし。春のほろ苦さは、日本の味わいに慣れないとなかなか美味しいと感じません。

 

こうやってあく抜きをしていると、思い出すのが万葉集の志貴皇子(しきのみこ)の喜びの歌です。
(万葉集 巻八 1418)

 

石ばしる 垂水(たるみ)の上の さ蕨(わらび)の

萌え出づる 春になりにけるかも

 

(意味)岩の上をほとばしり流れ落ちる垂水(滝のこと)のほとりに生える初々しい蕨が、

芽を出す春になったことよなあ

 

「石ばしる 垂水(たるみ)の上の さ蕨(わらび)の」というのが、もうそのまま俳句になるかのような、季節の瞬間をスパっと切り取った非常に清々しい歌です。「垂水の、上の、早蕨の」という「の」3連続のリズム感、滝のスピード感と音の迫力、滝飛沫(たきしぶき)の白と蕨の緑という色のコントラスト、これらが渾然一体となっていて、どれをとっても素晴らしい。

 

食卓に食器が存在しないという現実

 

このように、日本の歳時記をいわゆる「ていねいな暮らし」だとアンコンシャス(無意識)な状態でやっている人々がいる一方で、多くの日本人にはそんな歳時記を味わうという、ゆとりも、余裕も…そもそもそんなことがあることも知らない人々が多くいることを同時に感じます。

 

内田美智子さんという方の講演を拝聴する機会があり、その思いを強くしました。

この方は助産師として産婦人科医のご主人とともに福岡の産婦人科医院をされており、それが高じて「生」「性」「食」についての活動や講演、著作などを精力的にされている方です。喜ばれる出産だけでなく、死産や望まぬ妊娠などのっぴきならない「生きる」ということの現場を数多く踏んだ女史は、行き着く先が「食卓」にあると感じたそうです。このいきさつは非常に興味深いところがあります。

そして家庭のリアルな食卓の現場にじかに触れる中で、「食器を使わない食事」が本当に多く存在していることに愕然とします。

これには、私もびっくりしました。おびただしい「食器を使っていない食卓」のリアルな写真の数々…。そうです。スーパーの総菜、お弁当、カップ麺、パン、紙パックやペットボトルの飲料、その他冷凍食品…。それらがのぼる食卓には、確かに食器が一つもありません。のみならず、なぜか食器ではなく、アルミホイルを食べ物の上に敷いた食事もありました。内田さんは言います。「これは避難所ではないんですよ。この家庭には、食事には食器を使うという発想がありません。」

 

「食事は、本当は手作りが望ましいけれど、でも忙しい時はそうでなくてもかまいません。まずは食器を使ってください。洗ったり片付けが大変、面倒、それはよくわかります。私も仕事をしている母親です。大変さはわかります。それでも、食器を使ってください。食器を使うということは、自分や家族を大切にするということです。」

食器を使うことが、自分や家族を大切にすること。

一見すると、どうしてそんなことが?と思うようなことかもしれません。私も半信半疑でした。しかし、内田さんは確信を持って言いました。

「食器を使うと何が変わるって?もう全然違います。現代の社会は、意識しないと食器を使わない生活になっているのです。しかも怖いのは、そのことに気づいていないこと。食器を使わない生活で育つ子供は、食事に食器が必要と認識できないのです。ひいては、それが『生きることには食事が大切』という認識さえも奪ってしまうのです。」
いのちの現場を見続けた内田さんの生々しい実感なのだと思いました。

 

たくさんではなくてもいいのです。たった一つでも自分のお気に入りで大事にしている食器で、食事を味わってほしい。食器を使うということは、単に食卓を彩る道具だけなのではない、そのことをいのちに対し真剣に向き合う方が見いだした言葉から学びました。

 

【このページの文章を書いた人】 玄馬 絵美子(げんば えみこ)

株式会社アリベ 取締役  / 薬剤師 カリーニョを運営する三姉妹の長女。薬局・病院で薬剤師として勤務後、現在、子育て中のアラフォー主婦。株式会社アリベでは受注・財務面、そしてカリーニョでは趣味で研究してきた東西の19世紀末~20世紀初頭の文化・様式・芸術の世界を紹介するコラム執筆を担当。 【これまでの実績】 全国のMR経験薬剤師が作る転職応援サイト『MRファーマシスト』にてマネーコラム連載。 新聞の文芸欄掲載多数。掲載作品はこちら(個人ブログ「私の読書遍歴」)

 

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