【第8回】新古典主義の絵画は、「中肉中背で、圧倒的なきめの細かさ」が特徴

陶磁器を彩る美しいモノたち
新古典の絵画は
中肉中背で、シミ一つない陶器のような肌

 

これまで、ゴシックバロックロココときて、それぞれの時代の美術についても、その違いについて代表作を取り上げながら紹介してきましたね。前回は新古典様式をお話したのですが、長くなってしまい、美術について話しきれませんでした。

 

今回は、新古典様式の美術部門、つまり新古典主義の絵画についてみていきましょう。

 

まずは新古典主義ですが、これは貴族の享楽的なサロン文化から発祥したロココに対抗するように発生した、「今いちど古代ローマ・ギリシア文化に立ち戻ろう」という動きでしたね。
実は以前にも「ちょっと一回古代ローマ・ギリシアに戻ろうや」という時代がありました。そうです。それがダヴィンチやラファエロなどの「ルネサンス」時代(14~16世紀。ルネサンスとは再生の意)ですね。

「草原の聖母(またはベルヴェデーレの聖母)」ラファエロ1506年頃(ウィーン美術史美術館蔵)

ということで、19世紀前後に発生した新古典主義というのは、古代ローマ・ギリシアのリバイバル(再興)を、ルネサンスに続いて2度目に行った、ということなのです。

新古典様式の建築、家具や服装、そして陶磁器は、前回お話した通り、古代ローマ・ギリシアの文様などを割と忠実に再現しています。しかしながら、新古典主義の絵画においては、古代ローマ・ギリシアの「気高い精神性を内に秘めた、理想的な美の復活」というコンセプトを再現した、という点で少し他の家具や服装とは様相が違います。

EMIKO
EMIKO

強いて言えば、ギリシア彫刻のような均一性の取れた肉体美、というのでしょうか。中肉中背の一番健康的な体つきを絵画でも取り入れています。ガリガリに痩せこけたゴシックや、バロック時代のルーベンスのような「肥満=富と幸福の象徴」というのではなく、新古典主義は、「中肉中背=理想的」というイメージでいけばいいですよ。

ですから新古典主義の絵画でなんといっても特徴的なのは、その「肌のきめ細やかさと人間の忠実さ」でしょう。長い歴史の美術史において、この肌のきめ細やかさや、洋服のひだやシワの再現性の高さ、写真のような人間の写実性は、この新古典主義の時代にピークを迎えます

筆で描いたとは思えないくらいのきめ細やかさや肉体の忠実性は、まるで現在のグラフィック画像を見るかのよう。ここまでの気合いの入れようは、前時代のロココ以前には決してみられなかったものです。同じ古代ローマ・ギリシアのリバイバルであるルネサンスでも、写真のような服装のシワにはまだなれていません。

 

具体的に作品を見ていきましょう。新古典主義の代表画家は、なんといってもアングルです。

「オダリスク」 ドミニク・アングル 1814年 ルーブル美術館蔵

美術の教科書にもよく出てくる、皆さんおなじみの作品ですね。

見て下さい、この肌のきめ細やかさ!筆の跡が一切残っていない、すばらしい描写力です。そして、カーテンのヒダもまるで本物かというようなくらいです。

オダリスクとはオスマン帝国の後宮(ハーレム)に仕える女性を指しますが、このモデルの女性は西洋人で、小道具でオリエンタルな雰囲気を表現したかったものと思われます。新古典様式としてもオリエンタルは重要なキーワードで、この時代の陶磁器のモチーフにもなっています。

 

そして、先ほど「写真のよう」と表現しましたが、実はこの作品は、実際の人間よりも背骨や手足が若干長く描かれていて、「写真にように忠実な表現」ではないのです。いわば、「人間ってこのくらいの長さだったら理想的だったよね」というような意味合いで、初めに述べた新古典主義の「理想の美を追求」している姿勢というのが、この絵で具体的にお分かりかと思います。中肉中背のほどよい肉付き加減も、なるほど「新古典主義」らしさが全開、という部分です。

 

他にも、新古典主義の作品は数多くあります。

「アウロラとケファロス」ピエール=ナルシス・ゲラン 1810年 ルーブル美術館蔵

アウロラ(曙の女神。アウロラはローマ名。ギリシア名はエオス。英語読みはオーロラ)が美青年ケファス(ケパロスとも)と出会うシーン。アウロラは恋多き女神で、老人になった夫には目もくれず、多くの男性と恋愛を重ねる。アウロラのアトリビュート(目印)は「一番星」。

 

この辺のケファロスも、まるで「ダヴィデ像」のようにキレイな肉体をしていますね。

 

「アモルとプシュケ」フランソワ・ジェラール 1798年 ルーブル美術館蔵

アモル(愛の神。ギリシア名はエロス、ローマ名はクピド、英語読みはキューピッド。アトリビュートは弓・矢筒)と妻のプシュケ(魂の象徴。アトリビュートは蝶)を描いている。

 

これもまた、とんでもなくきれいな肌つやです。ホクロやシミ一つありません。つけボクロをつけると、肌の白さが強調されると信じられてたのは何だったのか、と我に返るくらいのキレイさです。そしてこの布の透け具合や、鳥の羽の写実力!感服です。

プシュケはプラトニックラブの象徴でもあり(ただし、夫キューピッドとの肉体関係はあります)、ダブル不倫だの浮気だのの多いギリシア神話の中では、一番美しい恋愛物語で私は好きです。『ダフニスとクロエ』やそれに系譜する数々の恋愛小説の基礎となっている神話のエピソードです。

 

新古典主義の絵画は、このように理性的で、理想的な美術のピークであったといえましょう。それは同時に、フランスのアカデミー(美術の行政・教育を独占的に支配する権威)がピークに達していたということも言えます。

そういう意味では、新古典主義の時代というのは、紀元前からの長い長い絵画の歴史の中で、「いかに実物の様に写実的に描けるか」という美の技術がここに完結した、ともいえる一つの大きな節目となる時代なのです。

 

そしてどんな世界でも、一旦極めればそれをこんどはそれを「破る」というところにきます。

それが、新古典主義の時代に期せずして発展した、もう見たものそのまんま紙に写す「写真」というかつてない奥義であり、「印象派」という、忠実に描くことを破った集団の台頭です。

EMIKO
EMIKO

新古典主義から出発しなければ、「破った」人たちである「印象派」以降の芸術を語ることは出来ません。ここが一つ、キーポイントとして皆さんもぜひ新古典主義の絵画に親しんでみてくださいね。

 

 

【このページの文章を書いた人】 玄馬 絵美子(げんば えみこ)

株式会社アリベ 取締役 / マネーリテラシーアドバイザー / 薬剤師 カリーニョを運営する三姉妹の長女。薬局・病院で薬剤師として勤務後、現在、子育て中のアラフォー主婦。株式会社アリベでは受注・財務面、そしてカリーニョでは趣味で研究してきた古今東西の19世紀末~20世紀初頭の文化・様式・芸術の世界を紹介するコラム執筆を担当。 【これまでの実績】 全国のMR経験薬剤師が作る転職応援サイト『MRファーマシスト』にてマネーコラム連載。 新聞の文芸欄掲載多数。掲載作品はこちら(個人ブログ「私の読書遍歴」)

 

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